ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 

  人ならざるもの5



 


アキラは今朝からの勤務であったし、ヒカルの房に来るのは明日にもなるだろうと
割り切っていたが、思いのほかアキラが来たのは早かった。
わずかに息が上がったアキラは急いで他の看守の目を盗んできたのかも
しれない。


「今晩ひょっとして泊まりか?」

「ああ」

「そっか」

ヒカルが机の上に置いた洗濯物を確認するでもなく振り返る。
そんなことを言うためにわざわざアキラを呼び出したわけでない。
それにアキラがここにいる時間も許されないだろう。僅かの躊躇の
後ヒカルは口にした。

「伊角という司祭だ」

「わかった」

お互いわずかな言葉で十分だった。だがヒカルはアキラはひょっとして最初から
勘ぐってたのではないか、とも思う。

「明日には君もここから出れるだろう」

「随分早いな」

「相手が特定できたなら、仮に取り逃がしたとしても、彼はもうここには来ない
もちろん組織が取り逃がすとも思えないが」

「そっか、じゃあオレ安心して眠れるな」

苦笑するとアキラも小さく笑った。

「今は佐為もいるのかな。ありがとうと、伝えてほしい」

傍にいた佐為が『アキラくんも』と声を上げる。

「佐為がお前も、だってさ」

「ああ、もし何かあればすぐに来るから」

アキラが宿直とわかれば、それにすぐに組織が動いてくれるなら今日は本当に
ようやく眠れそうだった。

アキラが房を去った後、ヒカルはここのところの睡眠不足に大きくあくびを噛みしめ
横になった。





深い眠りの中、ひたひたと水が滴るような音がしていた。やがてその音が近づいてくる。
眠りを妨げるものでなかったが、無意識近く寝返りを打つと、佐為が耳元で叫んだ。

『ヒカル起きてください!!』

「へっ?」

ヒカルは何事かと慌ててベッドから飛び起き、傍にあったベッドライトを付けた。
そのライトの光から逃げるようにベッドのすぐそばで白い影が動いた。
ライトの薄暗がりに映し出されたその姿にヒカルは驚愕した。

「お前・・・」

伊角がいたからだ。
一気に覚醒した思考に心臓がばくばく鳴ってる。
どうやって?ここに?!
わからないことだらけだったが、ヴァンパイアの能力ならそれも可能かもしれない、と
背に冷や汗が伝う。
アキラの考えが楽観的だったのか。それともヒカルが油断したのか。
組織が取り逃がしたのか。どちらにせよ今ヒカルはバンパイヤと対峙しており
生命の危機があった。

「やっぱり君はハンターだったんだ」

「どうしてわかった?」

「オレの方が聞きたいかな。でも・・」

暗くて表情はわからなかったが伊角の声は昼間あったときのように穏やかで
ヒカルは未だ彼がバンパイアとは思えなかった。それが奴らの狙いであっても。

「オレを殺しに来たのか?」

「いや」

伊角は顔を横に振った。

「君とまた話がしたい、と言っただろ。だから来たんだ」

『ヒカル警戒してください!!』

佐為が叫ぶように言ってオレは小さく頷いた。
そうして、何とかアキラに伝える方法を模索する。ヴァンパイアは
映像に映らない術を持ってる。
オレがベッドに起きてることはモニターに映ってるだろうが。
自然を装い洗濯物をテーブルに置く術がない。

「オレももし、もう一度あなたに会えたら聞いてみたいと思ったんだ」

「オレに?何を?」

「どうしてバンパイアなのかって、オレ今日あんたが除霊してるの見たからさ」

「あれは除霊じゃない。霊を導いてるんだ」

そういえば、佐為もそんなことを言ってたな、とヒカルは思い出す。

「それってバンパイアと相反さないか?」

「オレは司祭だから」

伊角がそう言って小さく笑った。

「昔、もうずっと昔バンパイアに襲われた村があって、オレはその村の
司祭だった。・・・皮肉なことにオレは守ることができなかったばかりか
このざまだ」

伊角は詳しい事は言わなかったが、彼らの歴史を学んだヒカルはわかった。
バンパイアに襲われて、バンパイア化するのは1%にも満たないと言われてる。
その大半は死してしまうのだ。村で生き残ったのは伊角ぐらいだったのだろう。

「バンパイアになった時に呪縛霊も見えなくなってしまった」

「でも司祭だった時の力は残ったって事か?」

「ああ。この力のせいで今まで生きながらえてきた。法王さまにもそれがお前の生きるすべなのだ
ろう、と言われてきた」

「法王?ひょっとして組織的なものだったのか?」

伊角は小さく首を振った。

「昔の話だ。それにオレはもう長くない」

やはり伊角はオレを殺しにきたわけじゃないのだろうと、ヒカルは思う。

「組織に捕まったら・・・もう」


いたたまれない気持ちでそういうと、伊角はもう1度首を横に振った。
その時ヒカルの房が音もたてずに開いた。アキラが気付いて来てくれたのかと思ったが
来たのは予想だにしなかった看守の和谷だった。



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更新スピードが遅くてすみません。
次回「人ならざるもの」は終わるかな。っと思ってます。