ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 

  人ならざるもの4



 


「すまなかった。もう誰もいない?」

そう聞かれヒカルは何と応えてよいのかわからず言葉に困る。

「すまない」

ガラスを隔てたも相手は今一度ヒカルに謝罪した。

「君はひょっとして見える人なのかと思ったから。オレは見えないんだ」

そう言って苦笑した相手は、本当に今までの一連の出来事が見えていなかったの
だろうか?と疑いたくなる。

「改めて、椅子にどうぞ」

ヒカルはイスに腰を下ろし、顔を上げた。まっすぐな瞳とぶつかり少し焦る。
真正面から見てわかった。男のヒカルから見ても、カッコいい、爽やかな青年
だった。

「初めまして、オレは伊角慎一郎と言って、こう見えて聖職者なんだ」

くったくなく照れ笑いを浮かべた相手は確かに聖職者には見えなかった。

『どうしよう』

ヒカルは戸惑いと落ち着きなさを覚える。
初対面の異性と向き合った時のように心拍が上昇したような気がした。

「ここに来て自分を見直せたろうか?」

「いえ、まだ、堂々巡りで」

ヒカルは少なからず言葉を選んだが、伊角のまっすぐな瞳に心を覗かれた
ような気がしておどおどする。

「眠れない?」

「はい」

眠れない理由は別だが、それは本当の事なのでヒカルは大きく頷いた。

「不安と戦うのは自分と戦うことだとオレは思うから。過去も罪も消えない
なら今の生をどう生きるのか、ってことじゃないかな」

「でも、オレの命は生かされてるだけなのだろう」

今朝の隣の囚人の様子を思い出し、ヒカルは辛くなる。

「生かされてるじゃなく、君に生きて欲しい。と願ってる。
矛盾を言ってるかもしれないが。
でも今君は生きてる。だから逃げないで欲しいんだ」

「はい」

囚人であろうとなかろうと今確かにヒカルはここで生きている。
呪縛霊のように魂まで囚われるわけにはいかない。
それは伊角の言う通りのように思えた。




伊角と話をしたのはホンの束の間であった気がした。

時間になって少し名残惜しさも感じながらヒカルは椅子から立ち上がった。
振り返ると佐為がいつの間にかいて、ひょっとしてこの人なら佐為も成仏させてしまうの
ではないかと過る。
今のヒカルにはそれは困るのだが。

「また君と話をしたいな」

不意に伊角に話し掛けられ、『俺もです』と返事を返し改めて深くお辞儀した。
本当に出会いがこんな所でなければ友達になれそうな人だとヒカルは思った。



また看守に連れられ、房に戻ると一人だった。
一緒に付いてきてるものだと思っていた佐為はどこにもいない。
どこかでまた霊に捕まったのかと思ったが夕飯時になっても戻ってこず流石のヒカルも
焦りだす。

お化けのくせに佐為が息を切らして戻ってきたのは消灯時間も前だった。

「もう遅くて心配したろ?ひょっとしたらあの司祭に成仏させられたかと、思ったじゃねえか!!」

『ああ、もうそんなわけないじゃないですか』

口を膨らませた佐為が『そんなことよりも』と口調を上げる。

『人外の者がわかりました!!』

「ええっ?何だって?!」

ヒカルは驚きのあまり声を上げたが房の中だったことを思い出し、声を落とす。
そうして目で『誰だ!!』と佐為に訴える。

『あの伊角という司祭です』

ヒカルにとって予期もせぬ人の名だった。

「はあ?だってそんなわけないだろう」

『どうしてヒカルはそう思うのです?』

「だって霊を成仏させたんだぜ?」

『そういう能力がある人外のものもいるかもしれないじゃないですか』

「けど・・・」

ヒカルはそう言って口をつぐむ。疑わないものほど怖いものはない、と教えられてきた。

けれど、『あの人はそうじゃない』と思いたかったのかもしれない。
ひょっとしたらそれこそがすでにバンパイアの術中なのかもしれないというのに。


『あの後気になって、しばらくあの司祭の傍にいました。何度も話し掛けてみましたがやはり
彼が言ってたように霊は見えないようです。
ただ彼には霊を浄化させる能力があるのも確かなのだと思います』

「どういうことだ?」

『まだ、己の呪縛に囚われた霊はだめですが、罪に気づき始める霊も少なからずいます。
そういった霊を導いているのでしょう』

「でもそれって (バンパイアと )相反してないか?」

『彼の存在が虚ろなんです。とても、消えそうなほどに。何か事情があるのかもしれません』

「事情・・・か」

人外のものの事情など組織は考慮しない。だがもし伊角に事情があるならヒカルは
聞いてみたいと思う。

『あの伊角がバンパイア』だというなら。



相手が特定できれば、組織はすぐに動くだろう。
明日にはヒカルもここから解放されるかもしれない。
けれどそれは伊角が消えてしまうという事に他ならない。


佐為に急かされヒカルは気持ちの整理がつかないまま畳んだ衣類を机に並べた。



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