ヒカルの碁パラレル 暗闇の中で 人ならざるもの3 その日の昼過ぎ、ヒカルの房にやってきたのはアキラだった。
ちょうど佐為は他の独房を回っていていなかった。 ようやく会えたアキラに緩みそうになったが、監視カメラがありヒカルも アキラも表情は強張ったままだった。 「司祭の伊角さんがきてる。面会を希望しただろう」 ヒカルはアキラの立ち上がっていいという仕草で立ち上がる。 「あまりに暇すぎて、誰でもいいから会ってみようかって」 言葉を少なからず選び、独房の入り口まできてアキラが振り返りもう1度座れ、と いうように床を示す。 身振りのままそこに腰を下ろす。アキラの顔が少し穏やかになった。 「すまない。ここは監視カメラの視覚に入るんだ」 ささやくような声でも安心感があった。 「全く?」 「そうじゃないが表情は見えない。あまり時間はとれない」 言葉少なのアキラから事情を読み取りヒカルは頷く。 「ここに来て5日は佐為が使い物にならなくてさ」 ヒカルは首をすくめた。 「原因は?」 「凶悪な呪縛霊がそこら中にごろごろいるんだぜ?あいつノイローゼに なるんじゃねえかって、大変だったんだ」 「今は少しは落ち着いたの?きみもそういうのが見えるんじゃないのか?」 「佐為はようやくって感じだよな。今もあいつらの未練や愚痴を聞きに行ってるぜ。 オレは確かに感じるけど、佐為ほどじゃねえ。やっぱあいつオレの守護霊なんじゃ ねえかな。オレ守られてるような気がする」 「それで何か情報は得られた?」 「今ここにいる囚人、看守はみんな白だそうだ」 「そうか。僕もそう思ってる。ただ操られていたり、暗示にかかって情報を流したり、ここに導いてる可能性はあると思うんだ」 バンパイアにはそういった相手をコントロールする能力がある。ヒカルやアキラは訓練で コントロールされない術をしっているが、相手が身近なものほど疑いなくかかりやすくもなる。 「そうなると外部まで及ぶかもしれないな」 アキラは頷き立ち上がる。タイムアップなのだろうと、ヒカルも立ち上がる。 「もし何かわかったり、連絡を取りたいときは畳んだ衣類をテーブルの上に置いてくれないか」 房でヒカルの自由になるのは衣類ぐらいのものだった。 「わかった」 扉に手を掛けたアキラの背にヒカルは言った。 「そういやこの部屋だったらしいじゃねえか」 やや拗ねたように口を尖らせたのはなんとなくもう少しアキラと話をしていたかったからだ。 振り返ったアキラは少し困惑気味だった。 「僕も昨日聞いたところなんだ」 「そうなのか?意図があったんじゃねえのか?」 「この施設で僕らの事を知ってるものはいない。本当に偶然なんだ」 「おかげで寝不足だって」 その話を佐為から聞いてからおちおち寝てもいられなかった。 「君に負担をかけてると思ってる」 アキラが戸を開け、後ろ手でヒカルだけに見えるように『すまない』と 手話で伝えてきた。 きっとアキラはアキラで必死に探ってくれてる。 言葉じゃない、その言葉に胸が温かくなったような気がした。 アキラに連れられやってきた控室にはまた別の看守がおり、アキラはそこで交代になった。 通された小部屋には椅子があり、ガラス扉の向こうに司祭だろうとおもしき人がいた。 司祭というから年配で帽子をかぶり黒か白の長い衣に身を包んでいるのだろうと、 ヒカルの勝手なイメージがあった。 ところが年齢はヒカルと同じぐらいか少し上。 服もごくごく普通の若者が着るカジュアルなジーンズとセーター で胸に十字架をつけていなければ彼が司祭とは到底思わなかっただろう。 「どうぞ」 そう声を掛けられたがヒカルがそこから動けなくなったのにはわけがあった。 ヒカルが勧められた椅子には、先客がいたからだ。 ヒカルに見えて司祭に見えないなら間違いなく霊だろう。 真っ白な顔をした霊は必死に彼に何かを訴えていた。 「どうした?座りなさい!!」 看守に少しきつく声を掛けられ、已む無く椅子に向かうと司祭から『少し待って下さい』 とヒカルに制止がかかる。 胸の前で手を組み、司祭は目を閉じた。見えない相手を見、聞こえない声に耳を傾けて いるようだった。 見えない何かが霊を包み込む。そのあたたかなオーラはすぐそばにいたヒカルも包み込む。 ヒカルも自然と手を合わせていた。 なんだろう、この安心感。ずっとこのままでいたいような身をゆだねたくなるようなぬくもりだった。 ずっとずっと以前に確かにそのぬくもりを感じたことがあった。 ヒカルは遠い遠い記憶を遡る。 そうか、これ母さんのお腹の中にいた時の・・・? 思い出した瞬間、そんなわけないか、と心の中で苦笑した。 ややあってゆっくりと目を開けると空に霊がすっと浮かび上がっていた。 鎖は切れ、その体は光の中に包まれていた。 成仏するのだとわかり、ヒカルは目を閉じもう1度手をあわせた。 『ありがとうございました』という言葉だけが胸に響き、霊の気配はまもなく消えていった。 ヒカルはその様子をただただ見守ることしかできなかった。 ヒカルはこの人は本物だと思ったのは間違いなかった。
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