ひかる茜雲


                            31




      
     
ヒカルが緒方の元に行くと、縁側で緒方は涼みながら酒を飲んでいた。
すでに銚子が数本転がっている。

「来たか、待ってたぞ」

ヒカルは緒方の傍に転がる銚子を片付けながらすでに出来上がっている緒方に
苦笑せざる得なかった。

「緒方様、飲みすぎじゃあ?」

「何を言ってる」

緒方は一笑すると酒を注げとばかりにヒカルにお猪口を差し出した。
仕方なしと言った具合にヒカルが酒を注ぐと緒方は満足そうに笑う。

「次は水です」

「お前も芦原みたいな事をいう様になったな。まあいい、酒にも飽きた所だ。
オレの相手をしろ?」

ヒカルは緒方の真意を測りかね、手を止めた。

「なんだ碁の相手をしろと言ってるんだが。それとも別の事を期待した
のか?」

ニヤニヤと笑う緒方にヒカルの頬がかあっと赤くなる。

「すぐに碁盤持ってきます」

「ああ、オレを満足させろ」

緒方は少し安堵していた。
このヒカルの様子ならば大丈夫だろうと。

と言うのもヒカルの耳に佐為の事がすでに耳に入っている可能性もあったからだ。
佐為の側用人が緒方邸に来た時にはそこまで配る余裕は緒方になかった。
筒井は下げたし、重臣しかあの場にはいなかったが、
この手の噂はすぐに屋敷内に広まる。

昨日留守を任せた芦原がその辺りはうまくやってくれたのだろう。
対局の準備を終えたヒカルに緒方は酒も所望する。

「ヒカル、カラだぞ」

「まだ飲むの?」

「文句があるのか?」

「えっと、いや」

ヒカルが水を注ごうかと思案していたら、緒方に鋭くにらみつけられた。
セクハラ城主に溜息を吐き、ヒカルは止む無く酒を注いだ。

「緒方様飲みすぎです」

「そんな事より早くオレを満足させろ」

こんな状態で緒方は対局など出来るのだろうかと思いながらヒカルは
初手を置いた。

打ち始めて緒方は少し失敗したと思った。
ヒカルは対局を始めると集中して、周りの音や声は何も入らなくなる。
酒を所望しても、耳には入っていない。
そうなると自分で注がなければならない。

そんな事を考えながらヒカルとの対局に高揚している自分がいる。
ヒカルは強くなってる。緒方が押されるぐらいに。
自分の負けを酒のせいにするのも癪だ。
悔しい思いと、嬉しさと、そして輝くようなヒカルの才能に羨ましさも眩しさも
今緒方は感じてる。

だからヒカルを欲したのだろう。
ヒカルを愛したのだろう。
今度こそどうしても手に入れたかった。

緒方はそんな事を考えた自分を自笑するように笑った。

「ヒカル、明日から19日までお前に暇を出す。しばらく江戸には戻れんからな。
報告を兼ねて家に帰ってこい」

ヒカルは驚いて緒方を見上げた。
その時にはすでに緒方はうとうとと座ったままうたた寝していた。

「緒方様、このような所で寝たら風邪をひきます」

ヒカルの小言が心地よく響く。

ヒカルに暇を出せば、ヒカルは本当の事を知ってしまうだろう。
そうなればもうヒカルは緒方の元には帰ってこないかもしれない。
緒方は回らなくなった思考でだが・・・と思う。
信じたいのだ。


対局途中の碁盤を片付けたヒカルは縁側で寝てしまった緒方を寝所に
運ぼうとしたが
泥酔した緒方を動かすのは容易ではなく、結局縁側に布団の方を運んだ。

ヒカルが布団を掛けると、緒方の手がヒカルを掴んだ。
ヒカルは緒方が寝たふりをしているのではないかと思った。

「緒方様、寝所に移って下さい」

だが、緒方からの返事はなく、しかもヒカルの手も放しそうにない。

「緒方様!!」

緒方はうるさいとばかりにヒカルを布団に引きずりこみ、抱き寄せた。
酒臭い緒方にヒカルは顔をしかめた。

「やっぱり緒方様寝たふりを・・・。」

緒方の手が着物の合わせからヒカルの肌に伸びる。
ヒカルはぴくりと体を震わせたが、緒方はそれ以上何もしてこなかった。
本当に寝てしまったのかもしれない。

ヒカルは抜けられない緒方の腕の中で目を閉じた。

『明日から1週間の暇を貰う。佐為に会えるだろうか?
アキラに今一度あう事が出来るだろうか』

緒方の腕の中でヒカルが思うのは見えないアキラだった。
胸が苦しくなり、自分を抱く緒方の腕を返す。
そしてそんな自分が堪らなく嫌になる。

不意に緒方の腕が強くなる。

『行くな、さ・・・い』

緒方の寝言にヒカルは我に返った。

「緒方様・・・?」

「行くな・・・佐為」

2度目ははっきりとそう口が動き、緒方は苦痛に顔を歪めていた。
ヒカルは胸が突かれたようだった。

『夢でも見ているのだろうか?』

ヒカルは不安を覚えながら、もっと不安を感じてるのだろう緒方の背を
抱きしめた。

緒方の穏やかな寝息と共にヒカルが寝入ったのはその後だった。




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31話短くてすみません。
CPにオガ×サイを付け加える算段です。(滝汗)




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