ひかる茜雲


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その日アキラは子供たちが帰った後もヒカルと屋敷に残った。

「君は今日もここに泊まるのだろ?」

「そうだけど」

「だったらこれから1局付き合ってくれないか」

「えっと、オレは構わねえけど」

今日は遊んだ事もあってあまり対局はしてなくて、ヒカルも物足りなさ
を感じていた。
それに先日からのアキラとの約束もまだ果たせてはいなかったし。
『望むところ・・』と言いたい所だったが・・・・。
時刻は申の刻にもなろうとしてる。

ヒカルが佐為を伺うように見上げると佐為が微笑んだ。

「私は構いませんよ。アキラくんは遅くなっても良いのですか?」

「今日は叔父夫婦は出かけていて留守で、僕も遅くなるかもしれない
と伝えてきました」

「わかりました。では今日はここでアキラくんも食事をして行って
下さい。それにヒカルと一緒に泊まって行きなさい」

「それは、でも・・・」

「この辺りは比較的治安は悪くないですが、それでも
遅い時間に一人で帰らせるのは心配ですから......。
さて、そうと決まればですね・・・。」

アキラはそれに応えなかったが、佐為はさっさと話を進める。
アキラは半ば強引ここに泊まる事になったようだった。

佐為は嬉しそうに下人を呼ぶと、「アキラが今日ここに泊まる事」を
アキラの屋敷に伝えるように走らせた。

「これで二人とも心配することにはないです。心置きなく対局に集中
して下さい」

なぜか佐為は満足そうだった。
それにヒカルは思わず笑った。

「なんだよ、それ?」

「私も退散しますから」

佐為が部屋から立ち去った後、アキラとヒカルは思わず顔を合わせて笑った。
アキラは苦笑いだったが。

「じゃあ、打つか、それで置石は?」

「僕と打つ時は置石はないのだろう」

先日の事を厭味のようにアキラに言われてヒカルは頬を膨らませた。

「この間の事は謝っただろう」

そう言って石を置こうとしたらアキラから拒まれた。

「ああ、でも、石はいい」

アキラはヒカルを試したいのかもしれない。

「そうだな、そんなの置いてたらお前にどこまで追いついたか
なんてわかんねえからな」

お互い「何を」という様に牽制しあって、でも心の中ではどこか
わくわくした思いが湧き上がってる。
それは先ほど鬼ごっこをした時のような高ぶりにも似ていた。




心地よい石の音だけが部屋に響く。

ヒカルは時間も忘れてアキラと対局した。
大方の決着が着いて、大ヨセにも入ろうと言う頃、ヒカルは盛大に溜息を
吐いた。

「こりゃダメだな」

少なく見積もっても60以上の差はあった。アキラがここからミスをするとも
思えないし、ヒカルが投了しようと石を置こうとした時、アキラが首を振った。

「最後まで打とう」

ヒカルはアキラの意図がわかったような気がした。
ここからのヒカルの・・・ヨセが見たいのだ。

「ああ、わかった」

最後まで打ったが、その差は広がることもなく、縮まるわけでもなかった。
多少は勉強してきた甲斐もあったかもしれない。
大差のついた対局に、ヒカルは項垂れた。

「これが今の僕と君の差だ」


そんな事は言われるまでもなく、わかっていたことだ。
むっとしてアキラを見ると、なぜか微笑んでいた。
それでヒカルは何も言えなくなってしまった。

「遅くなったし夕飯にしようか」

アキラに言われてヒカルは初めて、障子戸におにぎりと湯呑
が並べられている事に気づいた。

「いつの間に?」

「対局中に差し入れがあったんだ。気づかなかった?」

ヒカルは頷いた。
おにぎりを取りに行ったアキラが紙の切れ端をみつけて拾った。

『食べ終えたら、私の部屋に来てください』っと、佐為様からの言伝がある」

「だったらさっさと食べないと、佐為をあんまり待たせると拗ねるかも
しれねえもんな」



アキラもそう思っていたのかもしれない。
2人で夕飯を食べて、佐為の元に行くと案の定佐為がぼやいた。

「二人とも遅いです!!」

ヒカルとアキラは二人で顔を見合わせて苦笑した。
佐為の部屋の縁側には大小の花火が並んでいた。

「うわあ、花火。佐為これどうしたの?」

「先日指導碁に行ったお屋敷で頂いたのです。家庭用に作られた
もので、危険もあまりないとかで・・・。
子供たちみんなで遊ぶには数もないし、ヒカルが次に来たときに
天気が良かったらしようと楽しみにしていたのです」

佐為は本当に楽しみにしていたのだろう。
興奮ぎみに顔を高揚させていた。




火をつけるとチリチリとそこだけが明るくなって小さな火の輪が出来る。
ヒカルがくるくると花火を揺らすと佐為とアキラが揺れたようだった。
ぼんやり浮かんだアキラの顔をもっとみようと近づけると火が突然に消えた。

「あっ、終わった」

「ヒカル花火をこちらに向けると危ないだろう」

「これぐらい大丈夫だって」

「君は全く、江戸は火事が多いのは知ってるだろ!!」

アキラの家が火事で焼けてしまった事をヒカルは知っていた。
だから反論せず、アキラの言う通りにした。

新しい花火に火をつけると火花を散らし赤や黄や緑の美しい
色を闇に放つ。

「綺麗だよな」

「ええ、そうですね、」

ヒカルも佐為もうっとりと見惚れる。だが、火はすぐに闇に包まれる。

「けどすぐ終わっちまうんだよな」

「だから、いいんだよ。一つとして同じものはない。人のように・・・」

アキラの言葉にヒカルは顔を上げた。ぱっと花火で灯されたアキラの横顔は
綺麗で儚くも見えた。

「これで最後ですね」

佐為の花火が消えるとロウソクの火も丁度消えそこは暗闇になった。

ヒカルはなぜかもの悲しい思いに囚われた。

こんな幸せな時間がずっと続けばいい・・・そう願う反面、どんなに願っても
いつか時が来て終わりが来てしまう事も感じていたからだ。


「行こう」

少し先を歩いていたアキラが振り返りヒカルに手を差し出した。
その手は温かくてなぜか胸が震えだす。


「楽しかったですね、また3人でしましょう」

佐為の明るい声がやけに闇に響くようだった。

「はい」

強く頷いたアキラに、ヒカルも頷き、アキラの手を握り返した。



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