ひかる茜雲


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翌朝、普段通りに目覚めたヒカルは引っ掛かりを覚えながらも仕事を
こなした。

昨夜の事は何だったのか改めて考えてもヒカルにはわからない。
緒方も普段と変わりなくて、大した事ではなかったのかも
しれない。

いや、それどころかあれはヒカルが見た夢だったのではないかと
さえ今は思えてしまう。
そう思うととても緒方に聞き出すことなど出来なかった。



次の小姓に交代してヒカルは自室に戻ると、早々ヒカルは煩わしい
思いを断ち切るようにアキラから貰った本を広げた。

簡易碁盤にヨセに入るまでの棋譜を、まず並べる。
ここまで来たのに手順が違えば勝負がひっくりかえってしまうのだ。

ヒカルは何度もそこから白と黒を順に置いた。
何十通り、もっとあるかもしれないヨセの手順から最良の道を
慎重に選ぶ。白も黒もだ。

それは人の選ぶ選択肢のようだった。

今は棋譜ならべなので、手順を間違えても手戻しすることが出来るが
本来は一度打った手は戻すことは出来ない。

ふとそんな思いがよぎりヒカルは昨夜の事を思い出した。

『あれはオレの夢や、思い違いなんかじゃなかったと思う・・。じゃあ一体?』

棋譜を打ってる最中にそんな事を考えたヒカルは集中力が一気に切れた
ような気がして石を置いた。





ヒカルが佐為の道場に向かったのはそれから2日後の事だった。
その日は朝から佐為は屋敷にいた。

正午を過ぎたころ、佐為が大きく伸びをした。

「今日はいいお天気ですね。こんな日は囲碁ばかりでなく外に行かないと
今から境内で皆で遊びましょう」

唐突も唐突すぎるほどの提案にアキラが顔をしかめた。

「でも佐為様、まだ対局中の者もいます」

「そのままにして置けばよいのです」

「しかし・・・」

アキラはどうにも納得いかないようだったので佐為が宥めた。

「無理にはいいませんが。気分転換が必要な時もあります。それに
そう言った遊びも大事なんです」

そう言って佐為は伊角に目くばせした。

「何をして遊ぶかは任せます。私は蔵から蹴鞠や凧を持ってきます」

佐為が立ち上がると、ヒカルの対局者だった奈瀬も立ち上がった。

「進藤、行こう」

「ああ、うん」

皆一斉に立ち上がり、そぞろに外に出ていく。
時々こんな事もあるのか、佐為の提案に特に驚きはないようだった。

ヒカルが部屋を退出する前まだ座っていたアキラと目があった。

「アキラは、お前は行かないのか?」

「僕は・・・」

佐為は無理にとは言わない、と言っていたがヒカルにはアキラが
ほっとけなかった。

「アキラも行こうぜ」

「悪いが僕は行かない」

「・・・・」

2人の間に沈黙が流れる。お互いが何か言おうとして口を開いた時
部屋の外から和谷の声がした。

「おい、進藤早く来いよ」

急かされてヒカルは頷いた。

「今行く」

ヒカルは後ろ髪引かれるように外に出た。





皆で遊ぶことになったのは鬼ごっこだった。
始めはフクが鬼になり、次は伊角だった。
そして佐為が鬼になり、ヒカルが鬼になった。

その頃にはヒカルは走り疲れ、子供たちも屋敷内にちりじりになっていた。

そこでヒカルは良案を思いつくとアキラのいる部屋に向かい、
何気なく部屋に入った。

棋譜打ちしていたアキラが顔を上げた。

「アキラ鬼ごっこは嫌いか?」

怪訝に顔をしかめるアキラの肩をヒカルは叩いた。

「これでお前が鬼な?」

「なっ、僕は鬼ごっこはしてない」

「お前が鬼してくれねえと、鬼ごっこ終わっちまうだろ」

そのまま立ち去ろうとしたヒカルの腕をアキラが掴んだ。

「何んだよ?」

「これで君がまた鬼だ」

「お前ずるい、鬼は30数えねえとダメなんだぞ」

「だったら・・・1、2、3・・・」

アキラはヒカルの着物の袖を掴んだまま数を数えだす。

「ちょっと待てよ、そんなのありかよ」

逃げだそうとしたヒカルにアキラは腕の力を強めてきつくひっぱった
その時ヒカルの着物の襟元が肌蹴た。

「ヒカル?」

アキラがヒカルを解放した。
あまりにいきなりだったのでヒカルは後ろによろけた。

「なっ、いきなり、危ねえだろ!」

「ごめん、肩に痣が見えたから」

「痣?」

ヒカル自身には見えにくい場所だったがアキラにここっと示され何となく
わかった。それほど大きなものではなかったが、しっかり残っていたところを
みると最近出来たもののようだった。

「何処かで打撲でもしたの?」

「いや、よくわかんねえな、特に痛みもないし」

「だったらいいのだけど」

そうこうしてる間に庭に子供たちの声が聞こえる。
誰が鬼だの、探しに来ないだの言ってるようで、ヒカルは自分が鬼だった
事を思い出し、部屋を飛び出した。

「鬼はアキラだからな」

部屋の中から舌打ちするアキラの声が聞こえたようでヒカルは笑った。
その後律儀にもアキラは30数えて外に出てきた。

なんだかんだと言ってアキラも鬼ごっこを楽しんでいるようにヒカルには
見えた。





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