早朝の盛岡駅ー
東北新幹線はまもなく北海道新幹線に繋がるとあって、どこか賑やかで華やいでいた。
「お母さん次帰って来た時には北海道新幹線に乗れるかな」
「そうだな、盛岡通り越して北海道まで行ってみたいよな」
「そのときはみっちゃんやお父さんも一緒がいいな」
これから始まる東京の生活に胸膨らます晃の瞳はきらきら輝いていた。
でも今日から晃とヒカルは離れて暮らすのだ。
移り行く景色は高速であまりにも早い。
ヒカルはこの6年もそうだったと想い、嬉しさやら寂しさでいっぱいになる。
こうやって一緒にいられる瞬間が当り前じゃない事を今は知ってる。
今日は晃と東京でめいいっぱい遊ぶ約束をしていた。まだ行ったことのないTDランドに 行って、夕方には塔矢先生の家に行くことになっていた。
今日はめいいっぱい晃の我儘を聞いてやりたいと思っていたがそれはヒカルの我儘でもあった。
はしゃぎすぎた夕暮れ、ヒカルは先生の家に行く前にその場所に立ち寄った。
アキラのお墓がある寺院、最寄駅近くで花を買うと晃の両腕いっぱいになる。
晃に持たせるとまだそんな感じだった。
「お母さんこのお花どうするの?」
「お墓に供えるんだ」
ヒカルはそれだけ言うと、晃はなんとなくわかったのか頷く。
静寂な寺院の石畳。
先ほどまで歩いていた騒然とした街とはかけ離れていた。
晃が神妙な面持ちになる。ここは棋士の聖地とも言われているが。
晃は知らなくてもどこかで感じていたかも知れなかった。
ヒカルが立ち止まった場所を晃が見上げた。
「これ「とうや」って書いてる?!」
「ああ」
ヒカルは晃から花を受け取るとお墓に供えた。
一瞬の間のあと、ヒカルは晃に言った。
「ここに晃のお父さんが眠ってるんだ」
「僕のお父さん?」
「晃のお父さんは死んでもういないんだ」
晃は言葉を失い、しばらく呆然とするようにお墓を見ていた。
その事実をすぐに受け入れろという方がどうかしてると、ヒカルは思い晃の手を握る。
「まさおお父さんはみっちゃんのお父さんって知ってた」
それを言うなら『お母さんのお父さん』が正しいのだろうが、晃の言いたいことはわかる。晃が気づいてた事もだ。
「ずっと言わなくてごめんな」
「お父さんはどうして死んだの?」
「それは・・・」
言ってしまうのならすべてを話すべきだろうと思いヒカルは顔を落とした。
「母さんのせいなんだ」
「どうして?」
「事故に巻き込まれたんだ。母さんが我儘を言わなかったら事故に巻き込まれることもなかったのに」
「母さんお父さんの事嫌いだったの?」
「好きだったさ」
ヒカルはそう言って、もう1度かみしめるように言った。
「いや、今でもアキラは大好きだ」
恥ずかしくて面と向かって一度も言ったことがなかった。
それをずっと後悔していた。いつかなんてそんなのない。今が、この瞬間なのだから。
「アキラ・・・って?僕のお父さんの名前?ひょっとして塔矢アキラ名人?」
こういう時の晃は子供のくせに妙に察しがいいと思う。
「そうだ。お前のお父さんは塔矢アキラだ。母さんのライバルだった」
晃は息を飲み、もう一度食い入るようにお墓を見た。
いろいろ一度に言いすぎて晃がパニックになるかもしれ
なかった。
ましてや今夜から塔矢先生の家で離れて過ごすというのに、一緒にいてやった方がいいのではないかと不安になる。
それでも握りしめた晃の手には力があった。
「母さんのせいじゃないよ。お父さんだってわかってるよ」
「晃?」
「お父さんも母さんが大好きだったんだ」
ヒカルはハラハラと溢れだした涙を止めることが出来なかった。
ずっと・・・誰かに言って欲しかった。
ヒカルは握りしめていた手を放し晃を抱きしめた。
「ごめん、アキラ!!ここに来たらいつも泣いてばっかで、初めて晃を連れてきたのに」
晃は泣きじゃくるヒカルをその小さな腕で、晃の力いっぱいで抱きしめる。
いつも自分がしてもらうように。
ヒカルも負けじと晃を抱きしめた。
「お母さん僕、お父さんのお父さんの弟子になるの?」
涙で声にならずヒカルは頷いた。
「なら大丈夫だね」
ますます涙が溢れてきたのは、晃が心配させまいと言ったことがわかったからだ。
晃がどうしようもなく愛おしい。
同時にアキラへの恋しさがどうしようもないほど募ってく。
「晃、産まれてきてくれてありがとう。母さん晃のお母さんでよかった」
『君との子供が出きたらこれ以上嬉しいことはないと思ってる』
アキラが最後に携帯の留守電に残した言葉が過ぎる。
ヒカルはアキラの分も晃を抱きしめる。
「僕も母さんの子でよかった!!」
晃は優等生すぎると思う。こういうところはホント誰に似たのか?
どうしようもなく嬉しいのに、そんな風に思う自分は天邪鬼だとヒカルは自笑する。
腫らした目からまた涙が落ちそうだった。
「晃行こうか」
「うん」
晃はもう1度お墓の前で立ち止まった。
「お父さんまた来るね」
「ああ、また一緒に来ような」
「今度来たときは僕父さんの棋譜勉強してくる」
ヒカルはまた泣きそうになり、それでも顔をまっすぐに上げた。
晃に負けてるわけにいかない。
「アキラ、オレももっと強くなるから」
晃の手を握り、大きく踏み出した先に未来をみる。大丈夫だと今は信じられた。
→最終話へ