月光交響曲
晃 7)







晃はヒカル仕事をしている時や、碁を打ってる時は傍で一人遊び
することが多かった
美津子が気を遣って晃の相手をすることもあっても結局はヒカルの傍に行ってしまうのだ。

ヒカルの仕事を邪魔するような事や愚図るような事はほとんど
なく、ひょっとしたら我慢しているではないかとヒカルが思う程で、だから仕事を終えた後は思いっきり一緒に遊ぶようにしてる。

「晃、母さん仕事終わったけど出掛けるか?」

ヒカルが訪ねると晃は真剣に『7ろのご』を並べていた。
並べると言っても最近まではヒカルのマネをして碁盤にただ置き並べているだけだったが、『アタリ』がわかってからはそれなりに
打てるようになっていた。
ヒカルが話し掛けても、晃は真剣でヒカルは碁盤を覗き込んだ。


「そこなの?」

独り言を吐き晃が白を置く。
白も黒石も晃が両方手元に持っていて、考えて打って
るのだが・・・。ヒカルは晃が今しがた置いた手にハっとした。
概ね手順がわかったし、晃の考えもわかる。だがその白は少し
違ってた。
黒を置いた晃の手がまた止まる。

「次はここだね?」

ヒカルはその手に凝視した。指導碁のような石の並びだ。
そうヒカルがもし晃と打ったらまさにそこに置くだろう手だった。
しかも晃は誰かに話しかけるように置いていた。

「晃、お前誰と打ってるんだ?」

「へっ?」

晃がようやくヒカルが話し掛けていたのに気づき顔を上げる。

「お母さんどうかしたの?」

「あっ、いや、なんかさお前誰かに話し掛けてなかったか?」

晃は『わからない』と言う顔をして、ヒカルは『また思い過ごしなのだろう』と顔を振る。

「ごめん、途中なのに話し掛けて悪かったな」

「ううん、お母さん仕事終わったの?」

「区切りはついたかな?」

「これ並べるまで待って」

ヒカルは晃が7ろの碁を打ち終えるまで見ていた。
やはり白は晃のものじゃない、というのがヒカルの
考えだった。
最後まで打ち終わってから言った。

「白が勝ったな?」

「うん、これおじいちゃんと打ったの」

「この白はじいちゃんが打ったのか?」

じいちゃんと言うのはヒカルの祖父平八の事だ。

実際の祖父、正夫のことを晃は『お父さん』と呼んでる。
美津子は『みっちゃん』だ。お母さんが二人いるのはややこしいのでそういう呼び方になってしまったのだが。
晃にはまだ本当の父親の事を話していなかった。

ヒカルは晃の話を聞いて『なんだ』と苦笑した。
この程度なら爺ちゃんでも打つかもしれなかった。
7ろなので打つ場所もしれている。

「そっか、よく覚えてたな、母さんと打ったのも覚えてるのか?」

「うん、この間打ったの覚えてる」

「かあさんとも打つか?」

「うん」

嬉しそうに晃は石を片付け始める。本当は外に遊びに行こうと誘うつもりだったのが。こんなに嬉しそうにされたら相手をするしかない。

「晃は囲碁好きか?」

「好き、お母さんは?」

「母さんも囲碁が好きだぜ」

勝ち負けの世界に身を置く身としては、ただ『囲碁が好き』というだけではない。悲しい思いも、後悔も人一倍した。
それでも・・・とヒカルは思う。

佐為に出逢い、アキラと出逢い、そして晃に廻り合えた。
今はただ晃のように純粋に『囲碁が好き』だと言える事が出来た
気がした。


数局後、ヒカルは晃に言った。

「かあさん、また明後日から東京なんだ」

「うん」

復帰して5ヶ月、勝ち数が増えると共に対局数も増え晃と離れる時間も多くなっていた。

「晃の誕生日一緒に居てやれなくてごめんな」

晃の3歳の誕生日は公式戦があった。
それはヒカルは晃に前から伝えていた。

「後でお祝いするんでしょ?」

「ああ、欲しいもんあったら何でも言っていいぜ」

「いいよ。色々あるし、でもその・・・僕も東京行きたいかな」


ヒカルは復帰してから東京に行くようになって、そのたびにお土産と称し晃に色々買っていた。それは美津子から苦言されるほどだった。
晃も物よりヒカルと一緒にいられる方がいいのだろう。それは晃が言わなくても痛いほどわかった。

「母さんが仕事の間は祖父ちゃん所でお利口にできるなら・・」


言い掛けてヒカルは晃が言った言葉の端に気づきハッとした。
『晃』が自分の事を『僕』と言った事だ。
家族で一人称を『僕』と呼ぶものはいなかった。
ヒカルも目上の人に対しては別だが、家族の前では『オレ』であったし。


「お母さんどうしたの?」

「あっ、いや、ごめん、なんでもない」

ヒカルはたまたまだったかもしれないと思い直し、石を片付ける。

「晃、碁もいいけど、外に行かないか?」

「うん、公園行く」



アキラが生きていたらと思う瞬間はよくあるけれど、晃の成長を
感じた時は特にそう思う。今がまさにそう、一局、一局を打つごとに晃は成長してる。


繋いだ晃の手はまだまだ小さくて、でもこの手はどこまでも羽ばたく翼なのだろう。そう思うとヒカルは寂しさでいっぱいになる。

いつかこの手を離れて行く日を思って、






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ここの所1話が短めですみません。
晃くん良い子すぎて
こんな子供いるか?と思って書き始めまし
たが。アキラくんもこんな感じだったような気がしてきました(苦笑)






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