2重らせん 17





     
かなり熟睡した感じがあるのにやけに体がだるい。特に腕は締め付けられて
自分のものじゃないように思うようにいかない。

頭だけが半場覚醒したようなそんな状態でヒカルはその理由に
思い当たっていた。アキラが淹れたコーヒーに睡眠薬が入っていたのだろう。
それに腕が縛られている。

おそるおそる体を動かそうと試みたがわずかに体をゆすった程度だった。


「ヒカル、ひょっとして目覚めた」

「うう・・・、」

重い瞼を開くとベッド脇にアキラが腰掛けていた。

「お前・・・。」

「今君はどういう状態なのかわかる?」

「オレに薬を盛ったのか?」

「ああ。」

「なんでそんなこと・・・。」

「理由は君の方がわかってるだろう?」

ヒカルは言葉を失ってアキラから視線をそらした。
アキラもしばらく言葉を捜しあぐねているようだった。
ヒカルのつながれた腕にアキラはやさしく触れた。

「・・・・撤退を命じられたのか?」

ヒカルは内心ぎょっとした。撤退命令は出ていない。だが緒方から先刻
あるかも知れないと告げられたばかりだった。アキラはヒカルの情報をほぼ
掴んでる。

「何のことだよ。」

ヒカルが惚けるとアキラは顔をゆがめた。

「後悔したくないんだ。」

アキラはつながれたままのヒカルをそっと抱き寄せると耳元に小声で
つぶやいた。

「盗聴器は外してる。長い時間になると誤魔化しきれないけれど今は
大丈夫だから・・。」

「オレにはお前が何いってんだかわかんねえよ。」

それでもヒカルは惚けてみせた。

「ヒカル!!」

アキラはヒカルに馬乗りになると胸倉を掴んだ。
アキラの苛立ちや怒りがそのままヒカルに伝わってくる。
こぶしをあげ殴られると目をつぶった瞬間、アキラがヒカルの胸に崩れ落ちた。

「愛してる。君を失いたくないんだ。」

胸が苦しくて張り裂けそうだった。
どうしてオレはこんなに愛しちまったんだろう。
オレだって失いたくはない。
でももうここまで感づかれたらオレたちは終わりだ。

縄で繋がれててアキラを抱きしめることは出来なかったがヒカルはその胸で
アキラを受け止めた。

「・・・撤退はまだ出てない。けど・・・もう終わりかもしれねえ。」

「終わりにはしないよ。一緒に外の世界へ行こう。
何のしがらみもない自由なところに。」

そんなことが出来たらどんなにいいだろうとヒカルは思う。
けど・・・。

「ごめん。それは出来ない。」

「佐為が生きているんだね?」

「そんなことまで掴んでたのか。」

ヒカルは自嘲するように笑った。

「そう思っただけだよ。でも、佐為のことなら大丈夫だ。」

「何でお前にそんなこと言い切れるんだ。」

「佐為はソアンドの会長の古い友人なんだ。だから・・。」

それはヒカルも知っていた。佐為がソアンドの会長
行洋とは昔なじみなのだとヒカルに話したことがあったからだ。
緒方もソアンドがヒカルと佐為を助けてくれた理由にそんなことを言ってた。

「それでもオレはあいつをほってはいけないんだ。アキラわかって欲しい。」

「僕よりも佐為を選ぶのか。」

「選べないよ。そんなの。」

「君がそういうことはわかっていたんだ。」


アキラはさびしそうにそういうとヒカルを縛っていた縄を解いた


「ヒカル、ソアンドの目的は何?君はなんのために僕をスパイしてるんだ。」

「そんなの下っ端のオレにわかるわけねえだろ。けど、フロンティアAPの
情報はどんな情報でも欲しいって。」


「フロンティアAPの情報を得るためなら何も僕をスパイしなくともよかった
はずだ。君は誰にどんな任務を受けたの。」

「それは・・・。」

ヒカルは答えられずアキラから視線を外した。

「答えて欲しい。もしかしたらまだ僕らが一緒にいられる可能性があるんだ。
僕は絶対に君をあきらめない。」

募っていく想いがいっぱいになってアキラはヒカルを胸に抱き寄せた。
ヒカルはまだしびれの残る腕に力をこめた。

「オレが任務を受けたのはソアンドの会長の甥にあたる人だ。
オレその人の直属だから。
任務はお前を誘惑してソアンドの情報を得ること。あわよくばソアンドに
潜り込めって。」

「そのために桑原本因の養子にまでなったの?」

「それもあるかもしんねえけど。じいちゃんからはもともと養子の
話があったんだ。」

「君が受けた任務は本当にそれだけなのか?」

「ああ。」

アキラは少し拍子抜けした感じがした。改めて「アキラをスパイをする」
ことを予告してヒカルを送り込んできたのだと思う。
だがアキラを抑制するためならそれだけで十分だったのだろう。

「わかった。それを飲もう。僕は君の誘惑に負け
AP社の情報を渡す。それにN社にも君を推薦しよう。
それにこれ以上君の詮索もしない。」

「でもそんなことがバレたら。」

「バレたら僕の価値なんてAPではなくなるだろうか?だったら
いっそその方がいいぐらいだ。」

そうは言ったもののそんなアキラだからこそAPにもソアンドにも価値が
あるのだろう。
アキラは捨てられたとはいえソアンドの会長の一人息子だ。
それはどんなに切りたくても切れない血の因縁だ。
アキラはヒカルからいったん体を離すとヒカルの震える指に触れた。

「お前のせいでまだ手の感覚ねえし頭もぼっとしてる」

「すまない。どうしても君の本心が聞きたかったんだ。」

アキラが縛ったあとがヒカルの細い腕に赤くうっ血していた。
アキラはその手を取るといとおしそうに唇を落とした。

「ヒカル、お願いだ。
もし撤退を命じられたらそのときは必ず僕に知らせて欲しい。
・・・何も言わずに僕の前から消えないでくれ。」

アキラは今にも泣き出しそうに顔をゆがめた。
こんなに傍にいるというのにお互い今にも不安と孤独に飲み込まれてしまいそう
だった。

「わかった。必ずそうする」

それが許されることなのか今のヒカルにはわからない。
でも・・・。
お互いを求める気持ちに耐えきれなくなって求め合うように唇をむさぼった。
深く、長く。息を継ぐのも惜しいほどに。
乱れた呼吸をつぐとアキラが小さく笑った。

「そういえば君の任務は僕を誘惑することなのだろう?」

「まあそうだけど」

「だったら僕を誘惑してみて」

「はあ?」

ヒカルは今までのムードなどすべてぶち壊すようにすっとんきょんな声を上げた。

「いいだろう。君が僕を誘惑するたびにソアンドの情報をひとつ流すというのは
どうだろう?」

ヒカルは顔を赤くした。

「そんなことしなくても、お前はオレと・・・するだろう。」

「僕にはリスクがあるんだ。それぐらいは構わないと思うが。」

「けど・・そんなオレ、」

ヒカルは赤い顔を耳まで赤く染めた。そんなに意識されるとますますアキラ
はヒカルに 意地悪したくなった。

「ほら、」

アキラはヒカルからわざわざ離れて見せた。
ヒカルは困って視線をさ迷わせた。



                                     
                     

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