本因の屋敷を出た後、アキラはふいに人影を感じて振り返った。
そこには誰もいない。来るときだって尾行に細心を注意を払ったはずだった。
まさか・・・
『お前さんがソアンドの名を使ってわしに接触してきた時点で
アウト・・・・』
アキラは先ほど桑原が言ったことがよみがえった。
その時だった。前方からすごいスピードで高級車が角を曲がったと思うと
アキラに迫ってきた。アキラは壁際に体をすりつけ睨み付けた。
黒いサングラス越しに運転手と視線が合う。
細い通路をアキラの脇すれすれですり抜けた車の
後部座席にどかりと腰をすえた人物をアキラはぎりぎり捉えることができた。
スモークガラスのせいではっきりと顔までは認識できなかったが
その風体には見覚えがあった。
まさか『あの人』が日本に来てる?
だがアキラごときをソアンドの会長がじきじきに偵察しているとは
思えない。それとも・・・
『・・・これは脅し。それとも警告。』
背筋に冷や汗が流れ落ちる。
『ヒカル・・・。』
アキラの握り締めたこぶしと決心が震えていた。
マンションの部屋に戻ろうとしてアキラは足を止めた。
扉の前にヒカルがいた。
いろいろな感情がアキラの内面に渦巻いていた。
ヒカルはソアンドが送り込んだスパイだ。
先ほどの本因とのやり取りでそれだけははっきりしたことだった。
いやスパイというよりも監視し。
アキラが裏切らないよう見張るために送り込まれた。
そう考えた方がいいだろう。
アキラの想いを逆手にとられ。そしてヒカル自身もその想いを逆手に
取られた。そう思うと歯がゆさが湧き上がってくる。
ヒカルの想いに偽りはない。だからこそ憤りが湧き上がってくる。
もし今アキラがソアンドに逆らえば間違いなくヒカルは撤退の命令を受ける。
そして実はもうアキラの反抗的な態度で命令を受けている可能性だってある。
飼い殺しにするならば「今」ではない。などと甘い考えはしない方がいい。
『あの人』は目的の為だったらどんなことでもすることをアキラは知っている。
例え実の子だろうと愛した人だろうと・・・。
それでも今ここに、アキラの目の前にヒカルがいるということが
何よりもアキラには真実だった。
ヒカルはアキラと目が合うと視線をさ迷わせた。
アキラはそんなヒカルに微笑んだ。
「随分君を待たせた?寒かっただろう。部屋に入っててくれてよかったのに。」
ヒカルにはマンションの鍵を渡してる。アキラの留守にだって
いつでも入ることができる。
むしろアキラをスパイするために近づいたのであればそうするだろう
とアキラは思う。だがヒカルはそれをしない。
「いや、今来たばっかだし。それに考案まとまったの持ってきただけだから。」
そんなのはPCで送れたし
それに大学でだって構わなかったはずだ。
やはりまさかすでに・・・。
表情では何気なさを装ってみせたが胸の中がざわついた。
「わざわざ?」
「えっ?ああ。だからオレもう帰るな。」
アキラに書類だけ渡して帰ろうとするヒカルをアキラは呼び止めた。
「待って、」
掴んだヒカルの腕は冷たかった。
きっと口ではああいっても随分待っててくれたのだろう。
「・・・冷たくなってる。コーヒーぐらいは入れるよ。」
アキラを意識したのかウソがばれたからかヒカルは手を引っ込めた。
アキラが部屋の扉を開けるとヒカルが一瞬躊躇したのがわかった。
今更だ。だが、その今更がアキラも怖い。
このまま彼をこの部屋にいれたら自分は何をしてしまうのか
わからない。
アキラは強引にヒカルの腕を掴んだ。
扉が閉まるのも待てずアキラは玄関先でヒカルを壁に押し
付け唇を奪った。
ぎゅっとアキラにしがみついてくるヒカルにアキラの理性が
飛んでいくような気がした。
シャツに手をかけようとしたところでヒカルはその手を解いた。
「ごめん、オレ今日はそんな気分じゃねえんだ。」
「どうして今日ここに?考案だったら今日でなくてもよかっただろう。」
「・・・お前にどうしても会いたくなった。ってそれじゃあダメか?」
アキラはその理由に少し笑った。
「ダメじゃないよ。そういうわがままだったら歓迎するよ。」
アキラは掴んだヒカルの腕を解いた。
「コーヒー入れるから部屋で待ってて。」
「ああ。」
ソファにヒカルが腰を下ろしたのを見てアキラは兼ねてから用意していた
モノをコーヒー
に盛った。
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