アキラはその日1日気もそぞろだった。
実験の最中も目でヒカルを追っていた。
ヒカルは少年から青年へと成長していた。
4年もあっていないのだから当然といえば当然なのだが。
施設で別れた頃のヒカルはまだあどけなさを残していた。
どちらかといえば遅熟で先輩たちがその手の話をしていても
興味を示さなかったことをアキラは覚えている。
あの頃のヒカルと変わっていないのは声ぐらいだ。
声変わりがあったのだろうかと思うほど。
人がこんなにいてガチャガチャとやかましい室の中だというのに
ヒカルの声だけは拾えてしまう。
「なあ、塔矢、こんな感じでどうだろう。」
急に間近でしたヒカルの声にアキラは我にかえった。
「え?ああ、」
何をやっているんだ。
アキラは心の中で自分に叱咤すると差し出された案件に目を通す。
「うん、すごくいいんじゃないかな。
実際にS社と掛け合ってみる価値はあると思う。」
傍にいた筒井が小声で言った。
「塔矢くん、進藤くんすごいんだよ。この間から何度やってもうまくいか
なかった所見てもらったんだけど、すぐいい案を出してくれて。
これだといけそうだね。
流石推薦でここに来ただけのことあるよ。」
「そう・・・?だね。」
アキラは困ったように笑って席をたった。
「塔矢、どうかしたのか?」
ヒカルに呼び止められて、アキラはそれだけで全身の血が騒ぎだす
ような気がした。
「ああ。少し疲れたから・・・。すぐに戻る。」
部屋を後にしてアキラはふっと長い息を吐いた。
あれ程に焦がれたヒカルがいる。
舞い上がるのも無理はない。
けれど・・・・。
不自然なこともたくさんある。
冷静に考えればこんな偶発的なことがある方がおかしい。
アキラがあれほどにヒカルについて探したというのに
施設を出た後の足取りは全くといっていいほど掴めなかった。
それにヒカルはアキラがここにいることを知っていたことを
仄めかしていた。
そして彼のあの知識・・・・。
施設にいたころ確かにヒカルにはそういったプログラミングの才能要素が
あると分析され教育を施されていた。
だが結局は開花を認められなくて施設を出ることになった。
アキラの知らない空白の4年間。
彼と生きてもう1度会えたらそれでいい。
今までそう思っていた。
だのに出会えた今募っていく思いが貪欲に膨れ上がっていく。
アキラはコーヒーを置くともう1度ため息をついた。
とにかく今は研究に集中しよう。
ヒカルのことはこの後ゆっくりでいい。
アキラは今一度自身に叱咤すると実験室に戻った。
休憩を挟んで二人が研究を終えたのは夕方にもなろうとするころだった。
「疲れた〜。」
背をう〜んと伸ばしたヒカルにアキラもうなづいた。
「そうだね、でも今日はかなり進んだ。君のおかげだ。」
「そうか?けどオレお前のやってる人工ニューロンなんてさっぱり
わかんねえんだけど・・・。」
「その辺はまだ未開の分野だから僕もよくわからないよ。」
アキラは困ったように笑った。
「お前にもわからないことがあるんだな。」
「わからないことばかりだよ。君は今日アセンブラ言語を使っていたけれど
僕は使いこなすほど理解できてないし。」
「ええ?そうなのか?」
ヒカルは意外そうに首をかしげた。
確かにアキラはプログラムよりもハードの方が得意なのかもしれない。
「それより・・・、」
アキラは一旦言葉を切ってヒカルのちらっとみやる。
「よかったら今から僕のマンションに来ないか?
せっかく再会したんだ。君といろいろ話がしたいし。」
アキラの誘いには別の意図が含まれているのだろうか?
ヒカルは胸が高鳴るのを感じた。
「ホント久しぶりだよな。けどオレ今日はちっと・・・、」
「何か予定があるの?」
「予定じゃねえんだけど。オレこっち越してきて1週間に
なるのに全然部屋片してなくてさ。けど今日は流石にPCぐらいは設置
したいっていうか、
しねえとまずいっていうか。」
『今日のデーターもまとめたいし・・・。』
そう付け加えた後今度はヒカルがアキラを伺った。
もしこれでアキラがのってくればアキラのPCを閲覧
できるかもしれないという期待が微かにある。
もちろんアキラがそう簡単に大事なデーターを
危険にさらすとは思えなかったが・・・。
「だったら僕が君の部屋に行こうか?」
まさかそう返ってくるとは思わなくてヒカルは慌てて首を
横に振った。
「ダメ、ダメ、絶対ダメだって!!」
「そんなに強く拒否しなくていいだろう。」
アキラは不審に思ったのかそれとも気を悪くしたのか
口を尖らせた。
それは昔施設にいた頃よく言い争った時アキラがよくした
仕草だった。
「だって、お前几帳面だったろ?オレの部屋なんか来たら
絶対呆れるか怒鳴るって!!」
「そんなにひどいの?」
「ああ。」
自信たっぷりにうなづいたヒカルにアキラは盛大なため息をついた。
「そんなことを聞いたらますますほっとけないじゃないか。
呆れたり怒ったりしないから君の部屋の片付け手伝うよ。」
「だ・か・ら・・・。」
ヒカルはそこを強調した後ぼそっとつぶやいた。
『お前も察しろよ。』
アキラはまじまじとヒカルを見つめた後聞いた。
「ひょっとして付き合っている人がいるとか?」
アキラの声は少し震えていたような気がした。
「ちげえよ。でもほら男の一人暮らしっていったらさ・・・。」
しばしの沈黙の後アキラはようやくわかったように頷いた。
「今更そんな事を気にしないよ。僕も君と一緒で一人暮らしだし、」
アキラはそう言ったがヒカルはとてもアキラが一緒とは思えなかった。
「だからお前がよくてもオレが気にするんだって、」
アキラがもう1度盛大なため息をつく。
「全く・・。しょがないね、君は。だったら今日は僕のPCを使うかい?」
「お前のPC?」
「設置してそれからデーターを送るんだったら結構かかるだろう?」
ヒカルにとっては願ったり叶ったりの申し出だ。
うまくいけば今アキラの研究中のデーターだけでなくAP社の情報も
入手できるかもしれない。
「本当にいいのか?だったら今までの研究データーも見てもいい?」
「別に構わないよ。見られて困るようなものはないから・・・。」
先に釘を打たれたようでヒカルは苦笑した。
「オレなんてPC誰かに貸すなんてマネできねえよ。
やばいのばっかだし。」
「そう?でもそのうち君の部屋にも招待してもらいたいな。」
うっとヒカルは言葉を詰まらせた。
「まあ部屋が片付いたら招待してやってもいいけど。」
「片付かないようなら手伝いに行くよ。」
アキラにそういわれてしまえば片付けざるえない気がして
ヒカルは苦笑するしかなかった。
「わかったよ。今度の休みには絶対片す、」
「とりあえず今日は僕の部屋に行こうか?」
「ああ。」
ヒカルはアキラの後を追いながら案外この任務は楽にこなせるのでは
ないかと思う。
何の根拠もないが・・・。
ヒカル自身が今日一日アキラとみんなと研究することが充実して楽しかった。
自分がスパイだということも忘れてしまう程に。
本来ならヒカルが普通に送っていたかもしれない学生生活。
これが仮に偽りの自分であれ、ホンノわずかな時間であったとしても
ヒカルは大事にしたいと思う。
アキラのことも・・・。