人ごみの多い商店街を抜けるとアキラの通う大学がある。
普段は人ごみを嫌って商店街を避けるアキラは
今日に限ってそちらを選んだのは特に理由があったわけ
じゃなかった。
人が集まる惣菜店を抜けようとしたとき、人ごみの中から
浮き上がったように聞こえた声に心臓が止まりそうになった。
『ホコホコっでうまそう』
やけに楽しそうな声。
『おお。兄ちゃん、いつも来てくれるから大きいのサービスな』
『ホント?おっちゃんサンキュ〜。』
アキラは思わず振り返った。
かすかに見えたのは立ち去ろうとした相手の横顔だけだった。
背丈はアキラと同じ位。
金色の前髪がゆれていた。
そんな特徴のある声も髪も彼しかいない。
「待って!!」
人ごみだということも忘れてアキラは声を張り上げた。
周りにいた数人がアキラを振り返る。
急に立ち止まったアキラは後ろから来た人にぶつかり
よろめいた。
「兄ちゃん、急に止まんなや!!」
「すみません。」
口先だけで謝ってアキラは流れに逆行する。
前方数メートル先にいる人物に追いつくため
走ることの出来ない苛立ちに駆られる。
同じ人ごみの
中だというのに先にいた彼はどんどん離れていく
『お願いだ。追いついてくれ、』
商店街を抜けて開けた道路に出た瞬間
彼の姿を見失った。
周りを見回し目を凝らすと
交差点の向こうに見間違うはずもない彼の姿があった。
信号は点滅。
構わずアキラはそのまま彼を追い交差点に進入した。
ピピピピピピピピ
バッシングのクラクションにアキラは我に返った。
『駄目だ。間に合わない。』
目の前につっこんできたトラックに死を覚悟しながらも
アキラは道路向こうのヒカルを思った。
それでもいま一度でも君にあえたなら・・・・。
真っ白な光がアキラを包み込んだ。
そこでアキラは目が覚めた。
真っ白な天井が視界に広がる。
「ぴぴぴぴ」と鳴り続ける聞きなれた目覚まし時計にアキラは現実に
戻されたのだ。
いまのが・・・夢・・・?
目覚まし時計をとめてアキラは呆然とした。
夢だとは思えないほどアキラの意識はまさに今、目の前で
出来事が起こったように感じていた。
ぐっしょりとかいた汗を流すためアキラは風呂場に向かう。
夢でよかったという思いより落胆の方が強かった。
君は今どこにいるんだ?
どうして何の手がかりも見つけることができないのだろう。
フロンティアAP社に入ればきっと手がかりがみつかる。
アキラはそう信じていた。
けれど施設を出てからのヒカルの足取りはまったくわからなかった。
施設の秘密主事は絶対でもれないようにしているのだろう。
それでももう少しは掴めると思っていたのに・・・。
シャワーの雨の中アキラは夢の中掴むことの出来なかった
ヒカルを掴むように手を伸ばした。
その日アキラはわざわざ商店街の中を通って通学した。
午前中だったこともあってか夢の中ほどに商店街は混ん
ではいなかった。
足早に歩きながらアキラは夢の中で彼を見たお惣菜店の前で
足を止めた。
店には揚げたてのコロッケやフライが並んでいた。
「あの・・・」
この店に立ち寄ったのは初めてのことだった。
「おう、いらっしゃい。」
店の中から出てきた亭主は夢の中と同じように愛想のいい
笑顔を向ける。
アキラは初対面のはずなのにそんな気がしないほどだった。
「すみません。コロッケを1つ。」
コロッケを頼んで受け取ったあと、アキラは一旦躊躇した。
彼のことを聞いてみてもいいだろうか。
「・・・。」
「どうかしたかい?」
「あの、いえ・・・。」
出掛けた言葉をアキラは飲み込んだ。
「ありがとうございます。」
「おう。またこいよ。兄ちゃん、」
店を後にしたアキラは深いため息をついた。
そんなはずはない。あれは夢だったんだ。
彼がこんなところにいるはずがないじゃないか。
店を後にしてそれでも吹っ切れないアキラがいた。
大学の実験棟一番奥の研究室の中に入ったアキラは白衣に着替えると
実験の準備に取りかかった。
開始時間までまだ1時間もある。
だがアキラにはその間にしなければならないことがあった。
この研究は教授から推薦のあった学生しか参加することが
出来なかった。
大手企業Sコーポレーションとの共同開発であり、くしくもこの研究に
加わることがアキラの本業AP社からの任務でもあった。
実験の準備をあらかた終えたころ、研究室の扉が開く音がした。
こんなに早く人が来るとは思っておらずアキラは内心あせった。
「おはようございます。」
アキラは相手の顔も見ずに声をかけた。
「失礼します〜。」
帰ってきた元気な声にはっとしてアキラはその声主のほうを見た。
その人物と瞳がぶつかった
「よっアキラ、久しぶりだな。」
アキラは信じられない思いで相手をみた。
「ヒカル!?」
アキラはまだ夢でも見ているのだはないかと思った。
こんな簡単にそれもこんなところで会えるはずなどないのだ。
「お前何って顔してんだよ。」
目の前のヒカルはけらけら笑いながらアキラに近づいた。
アキラはその間瞬きすることもできなかった。
「まさか・・・本当に君なのか?」
「ああ、施設で一緒だったじゃねえか。
ってお前ひょっとしてすげえ驚いてる?へへっ、」
ヒカルはいたずらが成功した子供のように笑っていた。
「どうしてここに?」
「それは、まあいろいろあって。説明すっと長くなるんだけど・・・。」
ヒカルは困ったように語尾を濁した。
「僕がここにいることを知ってきたの?」
「うん、まあ、そういうことになるかな。」
ヒカルの言葉の切れは悪い。
「今日からここの研究に加わることになったんだ。
オレ、プログラム関係しか出来ねえけどよろしくな。」
目の前に手を出されてアキラはその手を握った。
温かなヒカルの手のひらは少し汗ばんでいた。
夢でないヒカルの本当の手、指先。
夢の中でつかめなかったその腕をアキラはぎゅっと握り返した。
その瞬間心臓が大きく波打って
アキラはヒカルをこのまま抱きしめてしまいたいと思った。
「アキラ?」
不審に思ったヒカルが首をかしげる。
「すまない。なんでもないんだ。」
つないだ手を解放した瞬間胸がうずいた。
これが夢でないというなら。
もう2度とこの手を離したくない。
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