暗闇の中で 10





               
直は久しぶりにはっきりと目覚めたような気がした。

高い窓から差し込んでくる日の光。
窓から見える小さな青空を仰いで直はうん〜と大きく腕を伸ばした。




昨夜まであれほど重かった身体は軽い。空腹だって今はかんじない。

ふと部屋の床に目をやった直はパンやお菓子・ペットボトルが置かれてるのを
見つけて手を伸ばした。それは幻ではなかった。

それだけではなかった。

あれほど頑丈に締められていたコンクリと鉄格子の
壁は壊され壁には人が自由に行き来できる空間が出来ていたのだ。

昨夜まではなかったのに?一体誰が?

「羽柴 、羽柴起きてよ。羽柴!!ここから出られるよ。羽柴!!」

直が呼びかけても空は目覚めず直は空の体を強く揺さぶった。

「羽柴、くぅちゃん・・・くぅちゃん見てよ。食べ物だってあるんだよ。」

何度呼びかけても起きない空を無理やり起きあげようと
すると空は弛緩してるように床へと落ちていった。

直は一気に体温が下がっていく思いがした。
まさか・・そんなこと・・。

恐る恐る空の腕に手を伸ばして直は硬直した。
その手は生暖かさを残していた。
けれど・・・直が掴んだ脈はとても弱弱しくかんじた。
それに呼吸を・・・感じない・・・。

「そんな・・・羽柴・・・しっかりしてよ。羽柴!!羽柴!!羽柴!!」

直は一生懸命声をかけながら空の気道を開くと人工呼吸をして心臓マッサージを
試みた。


 −−お願い。お願い。くぅちゃん、目を開けてよ。

どうしてあけてくれないの。
一緒にここから出ようって約束したじゃない。目を覚ましてよ。お願い。お願いだよ。
神様、お願いくぅちゃんを連れてかないで!!

心の中で何ども直は叫んだ。


「お願いオレなんだってするから、くぅちゃんお願いだから目を開けてよ!!
死んじゃやだあ」

何度も何度も蘇生を試み何度も何度も空を揺さぶって
直の叫びはやがて泣き声にかわりそれは空の横顔に伝っていった。



「うっせえな。せっかく気持ちよく寝てんのによ。」

「くぅちゃん?」

まるで今までのことはすべて夢だったように空は寝返りを軽く
打つと起き上がった。

意識を取り戻した空に直は安心して身体の力が抜けていくのを感じた。
が・・・それはすぐに緊張へとかわった。


「お前誰だ?すげえ旨そうだよな。」

恍惚とした瞳が直を見つめていた。
空の表情は冷たくそこに温かさはない。

「何言ってんの。羽柴、オレじゃない。」

「お前オレの知り合いだっけ?」

空はそういうなり立ち上がると直の体を舐めるように上から
下までじっと見下ろした。

「そういえばお前さっきオレが目を覚ましたらなんだってするとかいってなかったか?」


確かにそう言ったしそう思った。
羽柴が目覚めるならどんな事だってしたし、自分の命だって投げ出してもいいと思ったんだ。
けれど直はそれに頷くことが出来ずなかった。

「羽柴一体どうしちゃったの?」


その瞬間直は現実ではありえないものを見たような気がした。
離れていたはずなのに空との距離が
音も立てずに縮まり次の瞬間空は直に覆いかぶさっていたのだ。

「やっぱお前旨そうだな。」

空はくんくんと鼻をならすといきなり直の上着を手にかけた。

「やっくぅちゃんやめ!!ってああああっ」

次の瞬間空の顔が直の首へと激しく噛み付き直は激しい痛みで床に突っ伏すように
しゃがみこんだ。

床にポタリポタリと鮮明な赤い液体がこぼれ落ちた。
これオレの血・・?
くぅちゃんにやられた血?

あまりの痛みに気を失いそうになりながらも直が
空を見上げると空は自分の唇についた血をなめるように拭っていた。

「お前の血やっぱり旨めわ。もっとのませてくれよ。」

『くぅちゃん〜!!』

直は声にならない叫びを上げた。
だがそんな直を空はただ楽しそうに見てるだけだった。
痛みと恐怖で動けない直に空はもう1度覆いかぶさった。
スローモーションのようにゆっくりと近づいた空の歯はまるで獣の牙のように
大きくとがっていた。昔、本の挿絵でみた吸血鬼のように。

やられる!!そう思った瞬間直は目を閉じていた。

すると急激に自分の中で眠っていた感覚が湧く上がって直を
支配した。

不思議な感覚、目をゆっくり開けると直の前にもう一人の直が立っていた。

もう一人の直はオレを守るように空の前に立ちはだかり空をじっと
睨みつけていた。

「あんた誰。夜じゃないでしょ」

直の声であって直の声でない声だった。

「オレ・・?オレは羽柴空にきまってんだろ?」

「夜はどうしたの?」

「よる?何の事だ?」

目の前にはだかったもう一人のオレは振り返るとオレに優しく微笑んだ。

『ナオ、心配しないで。大丈夫だよ。ナオは何があっても僕が守るから。』

心の中に響いた声は直がよく知ってる懐かしい声だった気がした。

『君はだれ、羽柴はどうしてこんなことになったの?』

『僕はらん。空がどうしてこうなっちゃたのか僕にもわからないけど。
空はナオを守るために力を使いすぎちゃったんじゃないかって思うんだ。』

『力を使いすぎた?』

『うまく説明できないけどね。今の空は夜の力に支配されてる。
でも夜は今は出てこれないんだ。朝の光は吸血鬼族の忌み嫌う光だから。』

直にはらんの言ってる意味が全くわからなかった。

『それどういうこと。全然わかんないよ。よるって何!!』

『夜はもう一人の空だよ。空のオリジナル。僕とナオが同じ身体を共有してるのと
同じなんだよ。』


オリジナル?共有?直にはわからない事だらけだった。

だがらんと問答している場合ではなかった。
その間にも空は二人の間に近づいて獲物を狙う狼のように直を見据えていた。

くぅちゃんは本気でオレを殺そうとしてるんだ。



「お前さっきから一人で何ぶつくさ言ってんだ?」

冷たい羽柴の声で直は絶望へと落とされた気がした。

けれど・・・。

それも・・・・いいかもしれない。直はそう思った。
ここで一人生き残るよりは くぅちゃんに殺されてしまった方がきっと幸せなんだって。

だが、直のそんな覚悟をらん叱咤した。

『ナオはバカだね。それで本当に幸せだと思う?目覚めた空はどうなるの。
たった一人ぼっちになっちゃうんだよ。』

らんはナオに諭すようにそういうとゆっくりと空を見据えた。

「空、そんなに僕の血が欲しい?」

らんは自ら空の元へと歩くと自分から空に抱きつくように手を広げた。

『ダメだよ。らん、君が殺されるよ。』
直の叫びを聞きながららんはこんな状態だっていうのに微笑んだ。

「ナオは優しいんだね。僕なら大丈夫だって言ったでしょ。だけど
直はもう少し寝てて・・・・今度起きてくるときは・・・きっと も・・・のせ いにする
ら・・・・・・」



途切れ途切れのらんの声聞きながら、直は無理やり引きずり込まれる
ように深い闇へと落ちていったのだった。




11話




残りあと3話かなあ。まだまだ暗闇の中ですが。