If ・・・(もしも)7章 決別 5 『真一郎が生きていて良かった。今は元気でいるならそれだけでいい。』
青を追っていった空が研究所から帰ってきた時、七海ちゃんはそれだけしか 言わなかった。 空自身、あの時はそう思った。 死んだと思っていた兄ちゃんが生きていた。 生きていればいつかぜってえ、会えるって。 そう信じていた。でも本当にそうなのか? 兄ちゃんとはもう2度と会うことはないかもしれない。 あの時の嫌な予感が空の胸の中で大きくなっていく。 空は湧き上がる想いを抑えることが出来ず胸を押さえた。 「空先輩?」 「君大丈夫?」 「・・・・大丈夫です。」 そういった途端空は本当に胸の中の痛みが少し消えたような気がした。 夜がまたオレの苦しいのを持っていったのかもしれないと思う。 だがここの所空が呼びかけても夜が表に出てくることはない。 それがどういうことなのか空にもよくわからなかった。 そしてもう一つ。空は最近何か大事な事を忘れてしまっているような気が するのだ。 「そういえば014のことだけど、」 014の名で浮いていた空の思考が戻った。 「ここの所会ってないなあ。相沢教授について行ったとも聞いていないし。 彼の部屋は110号室だから行ってみたらどう?今はこんな状態だから個人の部屋のロック以外は解除されてるからどこでも入室できるよ。」 バタバタと入れ替わり立ち代り研究員たちが荷物を運び出していて、彼はそっちをちらっとみると 目配せした。 「すまないけど、猫の手も借りたいほど忙しいんだ。これで失礼するよ。」 研究員に礼をいい見送ったあと、空と学はまた歩き出した。 もう後戻りすることはできない。 そこに待っているものが何であったとしても。 学はある部屋で足を止めた。空も学につられて足を止めた。 「空先輩、110号室はここを右に曲がった一番奥だぜ。」 「そっか、市川ありがとな」 一瞬の間のあと学がためらいがちに聞いた。 「先輩、さっき言ってた014って藤守先輩の事か?」 「市川、ひょっとして藤守にここで会ったことあんのか?」 「ううん、ねえけど、なんとなくさ、 藤守先輩が退学した後、空先輩すげえブルーだったろ? オレが話しかけるのためらうぐれえだった。 だからここまで来たのもそうなのかなって、真一郎って人の 事はオレ知らねえけど、」 空は無言のまま頷いた。 「もう引き返せねえ、」 「うん、」 学は頷くと手を上げた。 「何?」 小首をかしげる空に学は苦笑した。 「もう、空先輩もしろよ。」 意味を悟って空が手を上げると互いの手のひらを勢いよく叩いた。 パンっと高い音が廊下に響く。 「行ってくる。」 「うん、空先輩頑張って、」 「市川もな、」 学と別れた後、空は教えられた部屋の前で立ち止まった。
藤守がいるかもしれない部屋。 あの日何もかもが燃えちまった日から一度も会っていない。 いや、一度青を追ってここに来た時に会ったが・・。 けれどあの時は去っていく後姿を見ただけだった。 空の脳裏にはあの日炎が舞い上がるマンションで見た 姿が最後だった気がする。 炎のように赤い髪と瞳、あんなことをした後なのにあいつはぎゅっと口を結んで 泣き出しそうに顔を歪めていた。 あの事件があってから、空の脳裏に浮かぶのはあの時の直だった。 空は一呼吸するとドアの横にあるインターホンを慣らした。 ここのホンは外から慣らした相手の顔が映し出されるものらしかった。 しばらく経っても部屋からの反応はなく空はもう1度インターホンを慣らした。 それでも返事はなく空は思い切ってノブを回した。 鍵はかかってはいなかった。 空の目に飛び込んできたのは圧迫感さえ感じる一面細長い白い壁だった。 広すぎるほどの部屋の角にぽつんとベッドとテーブルと戸棚があるだけで、 それらも全て片付けられていた。 藤守ももうここにいねえ? 藤守も行ってしまったっていうのか? 空はわなわなと体が自然に震えた。 よろよろと夢遊病者のように空は部屋に入ると直の名残を探すように部屋の奥へと進んだ。 冷たい金属がむき出しになったパイプベッドに腰をおろすと改めて部屋をぐるっと見回した。 天井の小窓から微かに光が覗くだけでこの部屋はまるで四角い箱の中に閉じ込められているような、そんな感じだった。 こんな所に本当に藤守がいたのか? 何気なく視線を落とした先に空はドキッとした。 長い赤茶毛が落ちていたからだ。 それは間違いなく藤守の髪だった。 空はおそるおそるそれに手を伸ばした。 手のひらでそれを転がすと空はぎゅっと唇を噛んだ。 藤守はここでどんな生活をしていたのだろう。 何を考えていたのだろう。 そして、空は思う。 本当にもう2度とオレと藤守がこの世界で交わることはねえのか? 空は髪を握りしめたまま倒れこむようにベッドに横になった。 そして無意識のうちに夜に話しかけていた。 『・・・オレたちどこで間違っちまったんだ。」 ここの所呼びかけても夜が空の呼び出しに応じることはなかった。 何か変だと思いながらも空もそれがなんなのかわから なかった。 前はあんなにも空にばかり構っていた夜なのだ。 きっと何かある。 あの日精神世界で最後に夜と会話して以来、夜の場所に空が到達 することもなかった。 「なあ、夜なんとか言えよ。そこにいるんだろ!! どうせまたロクでもねえこと考えてんだろ!!」 やりきれない思いだった。 今は一人でいたくない。 握り締めた髪を握り空は最後は独り言のようにつぶやいた。 「らんの髪なんだろ、」 反応を期待したがそれでも夜が現れることはなかった。 7章 決別6 |