If ・・・(もしも)7章 決別 2 カラカラと、勢いよく窓が開く音がして乾いた頬を心地よい風が撫でる。
「夕立あがったよ。学ほら見て、虹が出てる。」 さっきから廉の優しい声が学をくすぐるように話しかけてくる。 学はもう少し寝ていたいと思ったけれど、 廉に誘われてゆっくりと重い瞼をあけた。 小さな窓の向こう、雲の切れ目にぼんやりと7色の 虹が浮いていた。 「本当、綺麗だな、」 学がそう応えると、話しかけてきた相手は驚愕して学の顔を みつめた。 「あっ、ああっあああ、」 廉は自分の感情を抑えきれないように両手で自分の顔を覆った。 「廉、大丈夫か、そうだ、廉体の具合悪いって!!」 「バカ、オレのことより学が、学の方が・・・。」 学は廉に言われて初めて気づいた。 学は少しリクライニングされたベッドに横になっていた。 そこから虹を廉を見ていたのだ。 「そっか、オレ助かったんだ。」 学は体の力が入らなかったが気力で上半身を少し浮かせると 顔を覆う廉の手をひっぱった。 「廉、顔みせろよ、」 「ううっ、」 瞳いっぱいに涙をためた廉がおそるおそる学に応える。 「廉心配かけてごめんな。」 廉の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。 学は今あるありったけの力で廉を抱きしめた。 学は何もかも手放さなかったのだ。 自分のこの命も、今この胸の中にある廉への想いも、 過去も、 突然、ノックもなく病室の扉の開く音に学と廉は驚いたが流石にすぐ体制を 整えることは出来なかった。 「市川くん目が覚めたんだね。」 そこに立っていたのは白衣を着ていたが容姿が派手な男だった。 「えっあの、その」 あたふたする2人にその男は笑った。 「別に抱き合ったままでいいよ。僕はそういうの慣れてるから、」 学と廉の顔が途端に真っ赤になる。 「学の担当医の湖月先生だよ。湖月先生と七海先生が学の事助けてくれたんだよ。」 「そうなのか?」 白衣の男は本当に嬉しそうに学を見つめていた。 「はじめまして、と言った方がいいかな。市川くん、 君の担当医をさせてもらってる湖月綾野です。 あっとオレの事はみんな「あやのちゃん」って呼ぶから君も そう呼んでね、」 学はいまひとつ要領得ない感じで頷いた。 「あ、うん、はじめまして綾野ちゃん、あの、 オレ迷惑かけちまったみたいで、すみません。」 「迷惑じゃないよ。患者を助けるのが医者の務めだからね。」 綾野はそこまで言うとちらっと廉を見た。 「廉くん、すまないが七海と空くんたちに学くんが目覚めたこと連絡して 来てくれないかな」 「あっはい、」 「助かるよ。」 廉を見送ったあと綾野はリクライニングされたベッドをおろし学を横たわらせた。 「学くん、まだ長く起きないほうがいいよ。」 学は言われるまま頷いた。 「君の血液から接種した薬品の種類をあらかた特定させて もらった。記憶の方は大丈夫かい?なんだかもやっとした感じがしたり しない?」 学は首を横に振った。 「ううん。むしろオレ今霧が晴れたみてえに頭ん中すっきりしてる。 オレの記憶が全部戻ってるかどうか、俺自身にもわかんねえけど、研究所の事も 覚えてるし、・・・・・。」 「・・・・どうかした?」 綾野に聞き返されて学は口ごもった。 あれから芥はどうしたのだろう。 学は意識を失って目覚めるまでの間、闇の中にいた。 闇の中では全くなにも見えなかったし五感は閉ざされていたと思う。 今思うとあれが死というものかもしれない。 こっちに戻ってこれたのは廉が学に呼びかけてくれたからだ。 だけど、その前に微かに芥の泣き声が聞こえたような気がする。 学の知らないはずの子供の頃の芥の姿、そしてその声が学の中に残っていた。 あれは気のせいだったのだろうか? 「えーっと、」 どう返事をして良いかわからず言いよどんだ学に綾野は優しく微笑んだ。 「いいんだよ、無理に応えなくて、」 頭を撫でられ学は照れくさくなって話題を変えた 「そういえばオレどうやって研究所からここまで来たんだろ?」 「僕の古い友人が君の事を助けて欲しいと頼みに来たんだよ。」 「古い友人?」 「君も知っている相沢教授だ。」 「教授が?」 「ああ、あの教授がひどく取り乱して君の事をくれぐれも頼むと頭を下げたんだ。 ここまで君を付き添ったんだよ」 あの教授が?と学は思う。 それは綾野の口ぶりからも驚くことだったんだろう。 綾野は学の頭を優しく撫でると困ったような、泣き出してしまい そうな顔をした。 「あの?綾野ちゃん?」 「ごめん、何でもないんだ。」 綾野はすぐ笑って誤魔化したが学には「何でもない」ようには思えなかった。 「でも、」 学は言いかけてやめた。本人が「何でもない」ということを聞 いていいものかと思ったしそこまで踏み込むには学は綾野を知らなかった。 綾野はそんな学の気持ちを察して頭を掻くとぽんぽんと学の頭を優しくたたいた。 「実は、僕には息子がいるんだ。」 「へえ〜綾野ちゃん結婚してるんだ。」 「えっと、まあいろいろ事情があって結婚はしていないのだけどね。」 綾野が濁したので学もそれ以上は聞くことは出来なかった。 「まだ6歳なんだけど君にそっくりなんだ。 だから君が他人のようには思えなくて。 ダメだね。医者なのに私情を挟むなんて。」 「そんなにオレに似ているのか?」 「ええ、今度僕の息子に会ってくれるかい?」 「おう、もちろんだって、楽しみだな。」 話しこんでいる間になにやら賑やかな 足音が近づいてきて学と綾野は振り返った。 ノックもなく病室が開くと、彼らは部屋に飛び込んできた。 「市川、」 「まなぶちゃん〜、」 「市川先生」 廉に空先輩、青、風太と義広、それに七海先生もそこにいた。 空先輩も、風太も青も学を見て瞳いっぱい涙を溜めていた。 「みんな、ごめんな、心配かちまったみてえで、」 「本当にお前は・・・、」 それ以上は言葉にならなかった。 「うん、」 空と青がベッドに倒れこんできて学は胸がいっぱいになって 涙がでそうになった。 「ありがとう、空先輩、青、七海ちゃん、義広、風太」 言葉にするとなおその想いがあふれ出した。 学は本当に今生きているのだと実感できる。 そして今はここにいない芥を思う。 芥もここにいたらどんなにいいだろうと。 7章 決別3 |