If ・・・(もしも)6章 
   トライアングル3



風太と約束をしてから三日後、
この3日間、梅雨の雨がしとしとと降り続いていた。

出来上がった薬を携帯保管ケースに用心深く入れ替えた学はふっと
長いため息をついた。

窓の外をみると学生たちが雨の中帰宅していく姿がそぞろにあった。
学生たちのなかに廉がいないか探した学はもう1度深くため息をついた。

あれから3日、廉は化学室に来ていない。
無断で廉がこんなに休むなんてことは一度もなく学は心配になって
中等寮の方にも行ってみたのだが、廉は雨が降ってるっていうのに外出中だった。
中坊と、高等部は寮が違う上、門限も中坊の方が基本的に厳しい。

学は門限ぎりぎりまで中等部の寮にいたものの結局廉には会えず、締め出されて
寮に戻るはめになった。

今日の学の授業でも廉の様子は明らかにおかしかった。
一度も学とは目を合わそうとはしなかった。
授業が終わった後、放課後化学室にプリントを持ってこさせる口実を作って
学が廉に話しかけた時も「わかりました。」と返事こそあったものの
妙に余所余所しい廉の態度に学は落ち込んだ。


「オレ、嫌われちまったかな、」

詰め替えた薬品を机に置いた学は窓の向こうに空先輩と青の姿をみつけた。
フタリの笑い声がここまで聞こえてきそうなほど楽しそうに二人は笑っていた。
2人は図書館にいくみたいだった。

ゆっくりと流れてく2人の後姿を学は見送った。

「ちえ、空先輩化学室に来るって言いながらちっとも来てくれねえよな、」

恨みがましい事を口にして学は表情を崩した。

「たくオレ何やってんだろ?」

3度目のため息を付いた時、化学室の扉がガラガラと音をたてて開いた。
普段だったら廊下の足音ですぐ気づくはずなのによほどぼっ〜といていた
学は慌てて訪問者を確認した。

風太だった。
相手を確認した学は心の中でも小さくため息をついた。

「風太、薬だったらできてるぜ。」

「学先輩ホント?」

丸い風太の瞳がくるくると回る。

「ああ、」

学が手元にあった薬を風太に見せるように揺らした。

「これが薬、」

「わあ〜綺麗な緑。」

風太は「緑」といったがどちらかと言えば深い海の色。
美しいエメラルドグリーンの海が学がこの薬を作る時にイメージしたものだった。


「だろ?こういうのは見た目や色にもよるんだぜ、」

「匂いもあるの?」

「人が意識して感知できるかどうかって所だけどな、もちろん体にも無害だから心配いらねえぜ、」

「それでどうやって使うの?それにどんな効果があるの?」

「そうだな〜。どちらかって言うとこの薬には性急性は求めなかった。」

学はビンから液体を一滴手の平に落とすと風太にかがせた。
風太がくんくんとかぐように鼻をつける。

「なんか、いい香り〜。」

「風太は割と鼻が利くみてえだな。この液体を数滴体につけるとな、
傍に居る相手は次第に相手を意識するようになるんだ。
だから少しでも自分に好意を持ってるやつだったら効くと思うぜ。」

そういうと風太は急に顔を染まらせてしどろもどろした。
薬の効果があったようだ。

「あは、風太顔赤いぜ。ひょっとしてオレに惚れたか?」

「ち、違う、オレの好きなのはに〜・・・ってあぶっ」

風太は勢いで口をふさいだ。あんまり急いだから舌を噛んだのか
痛そうに口元を押さえてる。
その姿がかわいくて学は思わず声をたてて笑った。
風太はふて腐れていたが・・・。
学はなんとなく風太の想い人がわかったような気がした。

「風太、がんばって来いよ。」

学は背中を押すようにビンを差し出すと風太は神妙な顔をしてそれを受け
取った。

「ありがとう学先輩、」

一旦背中を向けた風太は「あっ」と言って思い出したように振り返った。

「ごめん。オレ廉に言伝られてたんだ。」

風太は慌てて鞄の中からプリントを出した。
それは学が廉に化学室に持ってこさせるために渡したプリントだった。

「・・・ありがとうな、風太、」

「廉に避けられている」・・それを確信して学はどうしようもない思いがつきあげてきた。
学は言いたい事はあったが、それは風太に言っても仕方がない事だった。

「あのさ、学先輩、なんか廉最近変だと思わない?何かあったのかな」

「オレもそう思ってるんだけどな、わかんねえな、」

「そっか・・。」

そういった学があまりにも寂しそうだったので風太は言いよどんだ。

「ほら、そんな湿気た顔すんなって。廉とはそのうち話すっからさ。
男は当たって砕けろ〜だろ?」

「オレ砕けるのはイヤだな〜。」

「あはは・・。そりゃそうだ、」

頭を掻いて笑った学に風太も笑った。
ひとしきり笑って決心がついたのか風太は真顔になると学に言った。

「オレがんばってくる。」

「おう、うまく行ったらちゃんと報告に来いよ〜?」

「うん、わかった。」

元気よく飛び出して行った風太がなんとなく学には眩しかった。
化学室の窓から空を見上げるといつの間に雨は上がり、西の雲の切れ間から
微かに日の光が覗いていた。

「よし〜!!オレも当たって砕けろだ、
そんでもって砕けたら芥に一晩オレの愚痴付き合ってもらお!!」

大きく伸びをした学はそれも悪くねえかもなっと思った。

                                                           

                                              
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