If ・・・(もしも)4章 
 三角関係 1




学が芥と約束した大学部の化学室に到着したのはそれから
20分ほど後のことだった。
高等部から寮までの往復は1キロ。更に大学部まで800メートル。
それをこの時間で往復した学は荒い呼吸を整えるように芥と約束した
研究室の前で心臓を押さえた。

芥と廉がまだ2人高等部の化学室にいるんじゃねえかと思うと
いても立ってもいられなかったのだ。


「芥に廉を取られちまうんじゃねえかって」そんな思いが学の胸によぎる。
「そんな事ねえっ」て打ち消しても、廉の(芥をみつめるあの)熱い瞳を見てしまったら
どうしようもなく不安になってしまう。

焦燥感を抱えたまま学が大学部の研究室に入ると芥はすでに戻っていた。
それに学は少なからずほっとした。


「芥、持ってきたぜ。」

「ああ。」

こちらを振り向きもせず芥は返事した。
その芥の背後に近づいた時、覚えのある甘ったるい香りが学を襲った。

「あっ、」

突然学の膝はガクガクと震えだし立つことさえできなくなって膝を床に
ついた。

「どうした学?」

ようやく振り返った芥の表情はニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。
芥の仕業だ。

「芥?何これ・・・。」

全身に震えが広がり感覚が鋭くなっていく。なのに頭の中はぼんやりと霧がかかってるよう
にかすんでいく。

「どうせ説明してもすぐに忘れてしまうのだろう。」

芥の手が学の白衣の襟にかかる。
力の入らなくなった手で学は芥に抗議するようにその背をたたこうとした。
けれどそれは背に回る前にだらりと力尽き落ちた。

「ガク・・・」

大きいたくましい芥の腕が力を失った学を壊れそうなほどきつく強く抱き寄せる。

「んっ・・・。」

長い抱擁のあと、既に感情さえ手放してしまった学を芥はなんともいえぬ表情でみつめていた。

「ガク・・・お前はオレのものだ。オレだけの・・・、」

芥は学の白衣に手をかける。

「愛してる、ガク・・。」


こんな時でないと本心すら言えない自分を芥は滑稽だと思う。
それでも学へのこの想いは止められぬのだ。

芥は言葉の変わりに学の体に唇を這わせ刻むようにそれを残していった。






情交のあと芥はいつも満たされた思いでいっぱいになる。
どんなに心の中で後悔と自己嫌悪に陥ろうともこの時間だけは芥と学との
大切な時間なのだ。

そういっても学は死んだように眠っていて薬の効果がきれるまで
起きはしないのだが・・。


芥はソファで安らかな寝息をたてる学の寝顔に愛おしさでいっぱいになり
その額に、やわらかい髪にそっと触れた。
こうしているとあの頃と少しも変わらない気がする。そう思って芥は首を振った。

あの頃も今も何もかわりはしないのだと。

「ガク・・・。」

そうつぶやいた時、芥は研究室の外にある人の気配に気づいた。
向こうは隠すつもりもないらしくその気配をちらつかせている。

芥はチッと舌打ちすると見えない相手に声をかけた。

「誰だ。そこにいるのだろう。出てこい。」

学との時間を邪魔された苛立ちで芥の声は地を這うように低く
鋭いものだった。

「悪かったな。邪魔するつもりはなかったんだがな。」

そう言って研究室の扉を開けた人物に芥は目を細めた。

「羽柴空・・、いやもう一人の人格か。」

「さすが、察しがいいな。」

「それで何のようだ。」

夜はチラっとソファで寝ている学に目をやったあと芥をみた。

「単刀直入にいう。真一郎は本当に死んだのか?」

芥は夜をみやった。

「なぜオレにそんなことを聞く。」

「お前にしか聞けねえからだ。」

芥はふっとため息をついた。

「オレはあいつの臨終をこの目でみた。」

芥はだが・・・と心の中で言葉を続けた。
真一郎の死は芥には解せないことがいろいろとあった。

だがそんなことをこの目の前にいる男に言っても仕方ないだろう。

「そうか。」

夜は複雑な表情をみせた。




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