If ・・・(もしも)
  3章 相沢と真一郎1






その後はなし崩しだった。
相沢はオスの本能にめざめちまったようにオレを激しく求めた。

けどオレ自身が情けねえことにそんなに保たなかったんだ。
もっと相沢にこたえてやりてえって思ってたんだけどな。
こんなに体力が衰えてたなんて。


結局この時は互いの体に触れるという行為だけで終わった。
それでも行為を終えた後の相沢はすげえ満足した顔をしていた。

「真一郎、もう寝たのか?」

「んっ?」

心地よい疲労感と温かな人肌にくるまれて重い瞳を開けようとしたらかすかに微笑れた
ような気がした。
唇に温かなものが触れるとその温かさは名残惜しそうに真一郎から離れていった。
真一郎がかすかに重い瞳を開けると研究室に白衣をきた背中がみえた。
まだ仕事の最中だったのかもしれない。


大丈夫だ。相沢はいつもオレの傍にいる。





真一郎が眠りにつくのを待ってベッドから抜け出した相沢は温室の一角になっている
研究室の保存庫からいくつかの液体を取り出した。

そうしてガラスの容器に入ったそれを次々とシンクへと投げ入れた。
小さなガラス容器が割れ中からドロリとした液体が零れ落ちる。

「真一郎・・・。」


相沢はその液体に触れようとした手を制止するように慌てて蛇口を捻った。
そうしてその液体が完全に流されてしまってもしばらくそれをみつめていた。


検体だった真一郎を七海が盗み出して10年近くになる。
こともあろうにその間に七海は真一郎を飼いならし自身のものにしていた。
相沢にとってそれはまさに飼い犬に噛まれたも同然だった。


七海への復讐ならばどんな事だってした。
真一郎を再び手に入れられるなら死んでいようが生きていようが構わない・・・
そう思っていた。羽柴夜もそのための生贄だった。
そうして手に入れた真一郎からすべてを奪いつくし閉じ込め自分だけのもの
にしたかった。


追求と欲望の連鎖は人の本能だろう。満たされれば次の欲求が生まれる。
飽くなき追求心といえば聞こえがいいが相沢のそれは かなり偏ったものだった。
だがなぜこれほどまでに真一郎に拘るのか相沢自身にもわからなかった。

相沢は真一郎が半年もにおよび生死の境をさまよっている間、彼から細胞を、
精子をそれらのすべてのデーターを取りつくした。
これでデーター上は意のままに操れる真一郎を作り出せるはずだった。
だがいくらデーターを取ろうとも真一郎から細胞を採取しようとも相沢が満たされることはなかった。

真一郎を造り出せたとしてもそれは既に真一郎ではないと感じてしまうのだ。
はじめはそんな感情は感傷にすぎないと己をののしった。

どうにもならない苛立ちに真一郎の命を絶てばこの感情も収まるのではないか、とも思った。
だが、次第に相沢のその想いは膨らんでいき振り払えなくなっていった。

そうして気づくと相沢はいつもこの部屋で真一郎の手を取っていた。

死んだように眠った真一郎の唇にそれを重ねると真一郎と息を交わした。
重ねた心臓から脈する音を聞くと真一郎は生きているのだと感じられた。

相沢はそうして毎日のように真一郎と体を合わせ、真一郎の胸のキズを撫でた。

「痛かったろう。真一郎私と共に生きろ。そうすれば心も体も傷つけはしない。 」

ーアイシテル−



懺悔にもにた相沢の声を真一郎は遠い意識の底できいていた。








真一郎が相沢から自分が「死んだことになっている」と聞いたのは
真一郎と相沢がそういう関係になってからひと月ほどあとのことだった。

「もうそろそろ外に出たい」という真一郎の欲求の返事がそれだった。

「どういうことだ?」

相沢は黙りこくった。大事なことは何も話さない。
それは真一郎が目覚めてから何も変わってはいない。
それでも真一郎はある程度事態を自分なりに認識してるつもりだった。
真一郎は服の上から心臓のキズを抑えた。

「このキズは事故じゃねえよな?オレは誰かに命を狙われた?それで
今も狙われてるってことか?だから死んだことになってる。そういうことじゃねえのか?」

確信近くそういったが相沢は険しい表情をみせただけだった。

「相沢!!」

焦れて大声を上げた真一郎を制するように言った。

「主治医としてはそろそろ外出も必要だと思ってる。だが、お前の
恋人としてはこのままお前を外に出すわけにはいかない。」

「それは・・?」

「おおよそお前の考えは正しい。」

「やっぱりオレは命を狙われたんだな。」

相沢はこくりと頷いた。
なぜ?と真一郎が問う間を与えず相沢は言葉を続けた。

「お前は死んだことになっている。
研究所の連中もお前の友人にも「お前は死んだ」ということにしてある。
実際お前は私の薬の影響で一度心拍停止と呼吸停止をしてる。
騙しとおすにはそれしか方法がなかった。」

真一郎は本当に自分が命拾いしたのだなと実感していた。
だが、これからそんな世界でどうやって生きていけばいい?
まさか相沢はここで一生を暮らせというのか?

相沢は予てから用意していたのだろうモノを真一郎に渡した。

それは免許書にパスポート、携帯電話それに車や研究所の鍵、財布にいたるまで
のこまごましたものだった。
証明書の写真は真一郎だとかろうじてわかるものだったが、名前は相沢の姓になっていた。
しかもそれらは偽造されたものでなくホンモノだった。

「こんなものどうやって手に入れた?」

「これくらいどうってことはない。だが・・・
お前の探偵としての眼力は衰えてはいないようだ。」

一目でホンモノだと見抜いた真一郎を相沢は「流石だと」言ったが
真一郎は自分が探偵をやっていた記憶はない。
相沢から何度か聞かされてはいたが。

どういうわけか真一郎の記憶は「事故」に関するものは全く回復していない。
おそらく探偵だったというのもその要因なのだろう。

相沢はそれらとは別にもう一つ大きな紙袋を真一郎に渡した。
中には鬘や眼鏡にサングラスにいろいろな種類の衣類が入っていた。

「これは?」

「変装グッズだ。変装しての外出なら許そう。
お前の事だ。ヘマはないだろう。」

ヘマというのは真一郎だということを悟られないということだ。

「ヘマも何も覚えてねえからな。
誰がオレの知り合いかもわかんねえんだぜ?」

「だからいいのだ。お前の車も研究所の外に用意してある。」

研究室に一人戻ろうとした相沢を真一郎は呼び止めた。

「一人で行っていいのか?」

「無茶はするな。」

それは真一郎には予想外の返答だった。
相沢が真一郎を一人にするなんてこれまでの経験上考えられなかった。
まして外出するというのに。

相沢の背に真一郎は聞いた。

「本当のことは話してくれねえのか?」

「・・いつかはなそう。」

低く地を這うような声は微かに震えていた。
背を向けていた相沢の表情がこの時どんなものだったか真一郎は知らない。






                                          3章 相沢と真一郎2

よく考えるとパスポートや免許書の名前「相沢真一郎」なんだよな(笑)
それはそれで萌えるような(爆)