ハニーが大人になるまで 6





「これが世話になった、」

綾野ちゃんは返事を返さなかった。
お互い体裁だけは保ってるいるんだと思う。

「あ・・・綾野ちゃん、」

オレは部屋を出る前綾野ちゃんに声を掛けた。
でも何と言っていいか言葉がみつからない。

「あの、その・・・」

「いいんですよ。下心があったのは本当です、」

一瞬沈黙が流れる。
芥に即されてオレは仕方なくよろよろと歩き出した。

扉を閉めた後、綾野ちゃんがどんな表情をしたのかオレは
知らない。




芥に支えられながらオレはエレベーターに載った。
幸いエレベーターはオレと芥だけだった。
芥は庇うようにオレを後ろに立たせた

胸が痛いぐらい高鳴る。
オレは微かに芥の匂いと体温が残るセーターとコートを羽織ってるだけで
下は何も身に着けていない。

やけにすーすーする下半身と
先ほどから歩くたびに擦れる感触はいやおうなしにその事実を
オレに教えてる。

やっぱ自分の衣服をバスルームまで取りに行ったほうがよかったと
後悔しつつ、それでもあの時芥にそれを言い出す勇気はなかったと思う。

今だって何を話せばいいかわからないぐらい沈黙だけがオレと芥を
包んでる。




狭い場所からいきなり空間が広がると、
芥はオレの体を支えるように腰に手を回した。

流石に華やいだロビーには人がちらほらいて、
オレは視線を避けるように下を向いた。
そのまま芥の歩くに従い駐車場へと降りていった。

その間の時間がオレには1分が1時間にも思えた。


ようやく芥の車の前まで来てオレはようやく外の空気に息をついた。

「大丈夫か?」

「うん、」

その途端体がふらりとよろめく。

「学!!」

言葉にはしなかったが「大丈夫じゃないだろ」と言われてるみたいだった。
そのまま介抱されて車に乗り込むと芥がタオルケットをかけてくれた。

芥はあくまで優しかった。
でもその優しさの内側で煮えたぎるような
怒りも秘めていることをオレは知ってる。

それでもオレは芥と本当に2人きりになってほっとしてる。


「芥、オレ寝てていい?」

「ああ、着くまで寝てろ。」

「うん。」

エンジンの音が妙に心地よく響く。
オレは引き込まれるようにいつの間にか眠っていた。







「学、起きろ、」

どのくらい寝ていただろう。結構寝ていた気がする。
芥に声を掛けられてオレは寝ぼけ眼を擦った。

「・・着いた?」

「ああ、身体の具合はどうだ?」

「う〜ん、寝たからかな、かなりラクになった。」

「そうか、」

周りをよく見ると見たこともない駐車場に入っていた。
助手席のドアが開く。

芥に即されてオレは車から降りて辺りをもう1度見回した。
やけに外のネオンの光が眩しい所だった。
やっぱりオレの知らない所だ。

「芥ここどこだよ?」

芥は返事もかえさずオレの腕をぐいっとひっぱると狭く細長い階段を上っていった。
扉の前で一端芥が立ち止まる。
後ろから付いていったオレは前の芥が何をしているのかよくわからなかった。

「なあ、芥一体なにやってんだよ?」

その時目の前の扉が内側に開いた。
芥はオレの腕をぐいっとひっぱると有無を言わさず部屋へと引きずり込んだ。

「痛ええ、って芥、何だよ。一体って・・・・へ?!」


部屋の中に入った瞬間オレの思考は完全に固まった。
入っちまってはじめてここがどんな場所だかわかっちまったんだ。

固く閉じられたカーテンはショッキングピンクだった。
やたらでかくて派手なベッド。バスルームはガラス張りで中の様子が丸見えだった。
ってトイレまで見えるってどんなだ。


っマジなのか?
オレは自分が至った考えに真っ赤になった。

「あ・・あのさ、芥?」

やけにスースーする体が緊張なのか、期待なのかわからないもので微かに
戦慄いてる。
それに口の中がひりひりするくらい乾いてる。


「そんな所で突っ立ってないで座ったらどうだ?」

真っ赤なラブソファを勧められてオレはとりあえず腰を下ろした。

「水でも飲むか?」

「うん。」

冷蔵庫からミネラルウォーターを芥が取り出してくれた。
その栓をあけて乾いた喉を一気に潤そうとしたら口端から水が零れ落ちた。

「あっごめん、」

オレは今オレが着てるコートが芥のものだったことに気づいてごしごし擦った。
するとますます水は広がっていった。


「ああって、オレなにやってんだ。」

「コートを脱げばいいだろう。」

口端だけほころばせた芥にオレは口を尖らせた。

「・・な事できねえだろ。」

顔が真っ赤になる。でもそんなに芥は怒ってねえのかもしれないと思うと
オレはちょっとほっとした。




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