続・フラスコの中の真実 6






学が教授のマンションから寮に戻ってきたのはまだ朝も早い時間だった。

教授は学が帰るというと名残おしそうにしてたけど、いつまでも甘えるわけには
いかねえもんな。
それに今朝は芥が戻ってくるんだ。


少し足早に自室に向かいながら学は静かすぎるほどの寮に驚いた。
普段だったらこの時間ならうるさすぎるぐれえなのに・・・。
休日ってこんなに静かなんだな。

そんな事を考えながら自室に鍵をさし込んだ学はん?っと顔をしかめた。
鍵がかかってなかったのだ。

慌てて部屋を開けると目の前に芥が立っていて
学はそれに心臓が止まるほど驚いた。

「芥!いたのかっ。って驚かすなよ。びっくりするじゃねえか。」

話しかけたのになにも返してこない芥を不審に思って学は見上げた。

「芥?」

「どこに行っていた。」

芥の冷たく突き刺すような視線と地を這うような低い声に学は思わず後がないことも
忘れて後ずさった。
途端に壁にぶつかって学はうめいた。


「うわっ・・。」

学は返事を返す事ができなくてうろたえた。
芥にはウソを付いてもバレるだろうし。

「ごめん。オレ教授のところに行ってた。教授すげえ寂しそうだったから、
それで・・オレホントの事言うつもりだったのに言えなくて。
そうだ。今度は芥も一緒にいこうな。教授、芥とも話がしたいって・・。」

学が最後まで言う前にバンっと大きな音がした。
芥が拳で壁を大きく叩いたのだ。
ホントは学を殴ろうとしたんだと思う。
けどそれを抑えるために壁に怒りをぶつけたんだ。

「か・・い・・・」

学が恐る恐る芥を見上げると苦痛に耐えるように顔を
ゆがめてる芥がいた。
芥がすげえ怒ってるんだって事を学は体中が震えるほど感じた。

「ごめん。芥が怒るの当然だよな。
教授は芥の親父なのにオレ、調子に乗っちまって。
オレなヤキモチやいたんだ。
オレ親父もお袋もいねえだろ?
だから親父がいたらあんな感じなのかなって、芥の事が
羨ましくなっちまって・・・
けど・・もう・・。」

芥は最後まで学が言う前に背を向けた。

「もういい。お前の好きにしたらいい。」

「芥、待てよ。」

背を向けられて学は芥に拒絶されたような気がした。
先日の化学室と同じように・・。

「芥・・」


もう1度学がその背に必死に呼びかけたが芥が振り向く事はなかった






学の部屋から飛び出した後、芥は苦く遠い過去の記憶を手繰っていた。



オレはあの男から忌み嫌われたいた。
それはオレがすべてにおいて失敗作だったからだ。

それでもオレが研究所で生かされていたのはまだ何か利用価値があると判断
なされたからだろうが・・・。

そのうち研究所に新しい命が産まれた。
その命は初めての成功体で研究員の間でそれは大事に大事に育てられていた。
その扱いはオレとは雲泥の差だった。

特に成功体が生まれてからの研究員のオレへの風当たりはひどくなるばかりだった。
オレはお前が憎くてしょうがなかった。お前はオレに無いものを全部もっている
のだと・・オレはそう思っていた。

オレは夜中にこっそりと忍び込み産まれたばかりの生命に手にかけようとした。

お前がいるからオレはあの男に芥(くず)などと罵られるのだと。

赤ん坊のお前の首はオレの片手にすっぽりと収まるほどに小さくて
少し力を入れるだけで折れてしまいそうだった。

お前の首にかけたオレの手はガクガクと震えていた。。

「お前などいなくなればいい!!」

そう叫んで、オレはめいいっぱい力を込めた・・・いや入れたつもりだった。

けれど・・・お前は何事もなかったようにまだ見えないはずの瞳でじっとオレを
見つめていた。
そしてそのもみじの葉よりも小さな指で震えるオレの指をぎゅっと握るとオレに
微笑んだのだ。





芥は寮の門まで来て立ち止まると学の部屋を振り仰ぐように見上げた。
そして先ほど見せた激情とは違ってつぶやくように言った。


『違う!!・・・奪ったのはオレの方だ。』


焼き尽くされてしまいそうな熱い想いが芥の胸に押し寄せる。


「あの男にだけはお前を・・・絶対に渡さない!!」


芥は自分に言い聞かせるように強くそう言ったが、芥の胸の奥にくすぶりはじめた
不安は消える事はなかった。



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あとがき

すみません。今回短くて。
かなり核心に迫れたかと思います。次回は香野くんが登場予定です。