「いけね。もう10時前じゃねえか。寮の門限に間にあわねえ、
教授オレ帰るな。」
時間も忘れて教授と話し込んでた学は慌てて椅子から立ちあがると
途端に教授の穏やかだった表情が崩れ落ちた。
「教授?」
「芥帰ってしまうのか?」
学が帰ると言った途端 落胆する教授はとても学の知っている教授とは
思えないほどだった。
「ええっと、オレ・・。」
あまりの教授の落胆ぶりに学は困って視線を迷わせた。
「あのさ、教授オレまた来てやっから・・・だから・・な。」
そう言ってしまった後、学は芥の事を思い出してチクっと胸が痛んだ。
けど、芥だってこんな教授を見たらわかってくれるよな?
学は慰める言葉を必死に探したが教授は沈みこんでる。
学は「うっ」と言葉を詰まらせるともう1度時計とにらめっこをした。
10時5分前・・・。
門限は10時だから、今から走って間に合う時間わけでもねえし。
「あ、あのさあ、教授、もしオレが今日ここに泊まりてえっていったら迷惑か?」
迷った挙句学がぼそりと聞いた言葉に教授はすぐ反応した。
「迷惑なわけがないだろう。」
「本当?」
「もちろんだ。私はもっと芥と話がしたい。無理強いはできないが。」
教授はまるで恋煩っているように学に言い募った。
学だって内心はもっと教授と話しがしたいとおもってる。
教授と話すのは面白いし学には新鮮な事ばかりだった。
それに芥の小さい頃の話だってもっと聞きてえし。
「じゃあ・・・でも・・・オレ、」
芥の事がよぎって学が言いよどむと教授が優しく微笑んだ。
「芥、私に遠慮することはない。長い間離れていても、
たとえ記憶を失っていても私はお前の親だし。
本当は芥と一緒に暮らしたいとも思ってるのだ。」
一緒に暮らす?オレと教授が・・?
学は突然の教授の申し出に驚いて呆然とした。
けどそうだよな。芥だって教授と暮らしたいって思ってるかも
しれねえし。うん、そうだよ。
いつかオレが芥と廉と一緒に暮らすことがあったら
教授も一緒だったら楽しいだろうな〜。
学はそんな夢物語のような事を考えて一人顔を赤く染めた。
「芥どうかしたのか?」
「えっ?あっ、じゃあオレ今日はやっぱここに泊まってくな?」
「ゆっくりしていくといい。」
教授はそれは嬉しそうに微笑んだ。
風呂上りに教授が用意してくれたパジャマ(教授のパジャマ?)
は学にはぶかぶかだった。
腕を通すと教授の匂いがするような気がして学はくんくんとパジャマに
鼻を押し付けた。
温かい匂い、ほのかに独特の薬品の残るパジャマの匂いも学は嫌いじゃなかった。
長い裾を折って学が寝室に入るとベットの横に布団が敷かれていた。
「すまない。芥、ベッドは一つしかなくて、芥がこっちで寝るか?」
示されたベッドはダブルサイズで学は無意識に頬を赤らめた。
「ううん。オレ布団でいい。」
「そうか。昔のように一緒に寝ても構わないが。」
「ええええ〜!!?」
それって昔(芥が子供の頃)は教授と一緒に寝てたってことか?
学は思わず芥と教授が一緒に寝ている姿を想像しようと試みたが範疇を超えていた。
かわりに自分が教授と一緒に寝てる図を想像してしまい赤らめた頬をもっと
赤くした。
そんな学を見て教授がくすくすと笑った。
教授ってこんな風に笑ったりもするんだと思っていたらとふいに頭を撫でられた。
息がかかるほどに近づいた教授の顔に学はどうしていいのかわからなくなって
慌てて布団へ飛び込んだ
「あの・・教授オレもう寝るな。」
恥ずかしくなって学が頭まですっぽりと布団にもぐりこむと教授がまた
くすくすと笑った気がした。
「おやすみ 芥」
その後教授が電気を消したあとも学はしばらく寝付くことができなかった。
それを察したのだろう教授が暗がりの中話しかけてきた。
「芥まだ起きているのだろう?」
学は頷いただけで返事を返さなかったがしばらくして教授がまた話しかけてきた。
「綾野の病院に私の研究施設が出来るんだ。まもなく完成する。」
研究施設と聞いて学はすっぱりかぶった布団から顔を出した。
「それって教授の新しい研究施設!?」
「ああ、研究室には最新の設備が整ってる。特に遺伝子分野では
世界最高レベルのものがな。」
遺伝子の研究は学の今もっとも興味のある分野だった。
「すげえ〜!!オレもそんなところで実験や薬の開発をしてみてえ。」
「もちろん、芥も使うといい。出来上がったら一番に研究所に招待しよう。」
「マジ?ホントに?」
興奮ぎみに学がたずねると教授は苦笑した。
「ああ、必ずだ。約束しよう。」
「へへ、すげえ楽しみ!!」
教授との尽きない話で盛り上げっていた学もいつの間にか
睡魔に襲われていた。
この布団すげえ気持ちいいかも。
教授の匂いが・・・する。
ひょっとすると教授はこっちの布団も使ってるのかな?
なんかすげえ温かくて気持ちよくて・・・。
学が今にも眠りに落ちようとしているとき何かが学を優しく包み込んだ。
『フラスコの中の真実を・・・しりたくはないか?』
誰・・?
突然学の中に声が響くと温かい腕が学を抱き上げた。
学はずっとずっと昔からこの大きな手を、この声の主を知っているような
気がした。
エタノールの匂いがしている。
ゴボゴボゴボっと規則正しい水と酸素が交じり合う音。
学は水底に沈むように深くその身を温かな波に任せていた。
小さな水槽の中に地が這うような低い声がこだました。
『今度こそ成功したようだな。』
その声はオレが産まれて初めて聞いた人の声だった。
薄暗がりの中、オレはゆっくりと目をあけると
その人は優しく壊れ物に触れるようにオレをすくいあげた。
『愛しい、 しい わた・・息子、お・・・永遠に・・ものだ。」
その人はオレを優しく撫でるともう1度オレを愛しむように水槽へと戻した。
その人はそれから毎日やってきてはオレにいろんな話をしてくれた。
話の内容は全然覚えてねえけど。
けどその声はいつも優しくてその腕はとっても温かだったんだ。
なんだかすげえ懐かしい夢を見てるよな、オレ・・?
ってこれは夢なのか?ひょっとしてこれも芥に奪われた記憶の一部で
現実にあったことなんじゃねえのか??
オレは以前芥の作った薬によっていろいろな記憶と感情を奪われてる。
けど自分の作った薬で取り戻したものもある。
でもそれはまだ無くした記憶のホンの一部で。
じゃあこの記憶もそのひとつ・・・?
現実と夢の間を漂ようように学は視界に移る景色を眺めながら
何かが引っかかっていた。
ゴポゴポと水の音に混じってその人の声が再びした。
『今の私ならお前を・・・。
永遠に私のものにする事が出来る。今度こそ手に入れてみせる。』
最後の声だけが妙にはっきりと聞こえたような気がした。
6話ヘ
あとがき
さすがに教授といえ子供を作るためには卵子が必要だと思うんですよ(苦笑)
クローンでない限りは。
芥や香野くんがどうやって産まれてきたのかなあ〜っといろいろと想像をしてるうちに
こんなのもありかもとお話に取り入れてみました。
次回は嫉妬に狂った芥が登場かな??