マンションを飛び出した真一郎はまず奏司と綾野に連絡した。
二人には絶対に耳にいれとかねえと・・・と思ったからだったが綾野は不在で 病院にも携帯にも繋がらなかった。
それからしらみつぶしに思い当たるところをあたって、真一郎が最後に 辿り着いたのは学園だった。 化学室があったのは特別校舎の3F。 あの爆発のあと特別校舎は相沢の研究所アジトに繋がっていたこともあって 跡形もないほどの崩壊だった。
半年前に建設されたこの新しい校舎にはその痕跡はない。 だかこの校舎には旧校舎と同じく化学室があった。
土曜日の夕方ともなると普段は騒がしい喧騒もウソのように 校舎は静かだった。 誰もいない廊下を歩きながら真一郎はまっすぐに化学室に向かった。 がらりと戸を開けると化学室は夕日で真っ赤に染まっていた。
「やっぱり、いるわけねえか。」
ほっとしたのか苛立ちなのかわからないため息をつくと 準備室の方からカタンと物音がした。
誰かいるのか?もしかして市川? 市川や永瀬はよく休みの日でもここを利用していた。
前に真一郎が『水都』の時に「休みの日まで学校に来るなんてお前も暇だな。」 と陰険極まりなく言ったら、市川は臆するでもなく 『休みの日の方が実験をするには好都合なんだ。』っと笑っていたのを 思い出した。
準備室の手前まで行って真一郎は微かな話声に足を止めた。 窓から見えたその姿、その声は市川や、永瀬のものではなかった。
「あ・・・い・・ざわ」
準備室には相沢が何か薬品を手に取って薄笑いを浮かべていた。
・・・直やらんが見たっていうのは本当だったのか?
直やらんがいったことを疑っていたわけだはないのだ。 が・・・できれば幻や夢であってくれたらどれだけいいだろうと思っていた。
排除しなければ今度こそ七海や空や直の、みんなの幸せを 持って行かれちまう。 真一郎は七海との約束も忘れて刺し違えるぐらいのつもりで準備室に飛び込んだ。
「相沢てめええ・・。」
真一郎が化学室に踏み込むと相沢はひどく驚いていた。
「てめえ、生きてやがったのか。今更、何の目的で、俺たちの前に。」
そこまで言った時に準備室の奥から「真一郎!!」と呼び止めるものがいた。 その声は真一郎のよく知っている声で・・・真一郎は血の気がひく思いがした。
「まさか・・・そんなはずは・・?」
声のした方から顔を出したのはあろうことか綾乃だった。
「綾野・・・またオレたちを裏切ったのか!!」
真一郎の声は震えていた。
「真一郎、待って。落ち着いて!!」
真一郎は目の前の相沢よりも先に綾野に向かって拳を振り上げていた。 相沢以上に身内の裏切りの方が許せなかったのだ。
二度までも、いや、今までずっと綾野に俺は騙されてた、そう思った瞬間 憤りなんてものじゃ収まりきれない感情が吹き上げて抑えるものなどどこにもなかった。
一発思いっきり綾野の顔をぶん殴ってそれでも足りない真一郎はもう一度 拳を振り上げたら相沢が血相を変えて二人の間に入ってきた。
「やめなさい。何があったか知らないが突然こんな事をするなんてよくない。」
「何いってんだ。てめえのせいだろ!!」
「君が怒っているのは私のせいなのか?」
相沢のその芝居じみた態度は逆に真一郎を逆撫でした。
「てめえ、しらばっくれるのもいい加減にしろ。」
真一郎の苛立ちは頂点に達していた。 真一郎が綾乃から手を離して今度は相沢に飛びかかろうとすると、綾乃が叫んだ。
「違うんだ。真一郎!!」
綾野があまりに必死だったので真一郎は掴みかけた手を離した。
「相沢は・・・彼は記憶を失ってる。」
「何だって?」
相沢はぼんやりと真一郎を見ていた。その瞳には以前のような野望も 欲望も宿してはいなかった。 それは真一郎が知ってる相沢とはあまりにかけ離れていた。
「教授、あなたを責めてるわけじゃないんですよ。彼は・・・その 私が怒らせたんです。」
綾野は殴られて腫れた頬などなんでもないというように相沢に微笑んだあと 真一郎に耳打ちした。
「後で、マンションに行きます。その時必ず事情を話しするから。 今は彼を責めないでやって欲しい。」
綾野に懇願されてそれで納得したわけじゃなかったが、真一郎は今はとりあえず ここから引くことにした。
「わかった。奏司にも連絡するぜ?」
「ああ。構わない。」
それだけ言うと真一郎はここから立ち去った。 ここにいるとまた怒りを爆発させてしまいそうだったのだ。
オレが夜に起こされたのはもう日も暮れた時間だった。 いつの間にか家に帰ってきていた兄ちゃんはオレが話しかけられねえぐれえ 怖かった。それは水都の時とはまた違う迫力があった。
『夜、なんかわかったのか?』
直接兄ちゃんに聞けなくてオレは夜に聞いた。
「ああ、まだ詳しくはわかんねえけどな。綾野のやつが相沢を擁護してたんだとよ。」
『まさか綾野ちゃんが・・?』
オレはショックだった。あの日藤守を助け出しに行くために研究所で綾野ちゃんに 裏切られた時よりもショックは大きかったかもしれねえ。 あの時は必死だったし、香野くんを人質に とられてたから仕方なかったんだって思ったんだけど。って今度の事もそうなのか?
そんな事を考えていたら夜が話しかけてきた。
『それはねえだろうな。』
『なんで?』
『真一郎の話じゃ相沢は以前の記憶を無くしてるんだってよ。』
『なんだって??それって本当なのか。』
『オレも詳しくはわかんねえって言ったろ?とにかく綾野が今から事情を話しに 来るんだとよ。』
オレたちがそんな会話をしてる間に玄関の扉がチャイムもなく開いた。 うろうろと落ち着きなくしていた兄ちゃんが慌てて玄関に走っていったら訪問者は 奏司さんだった。
「なんだ。奏司か。」
血相を変えて飛んでいった兄ちゃんだったが肩すかしだったみてえだ。
「なんだとはなんだ、真一郎。お前が私を呼んだんだろう。」
奏司さんが部屋に入ると瞬間緊迫した空気がいっぺんに和んだような気がした 兄ちゃんは何だか罰が悪そうだ。 奏司さんはため息をついたあと苦笑した。
「ほら、真一郎そんなに怖い顔するな。空くんや直くんもいるんだ。 少しは落ち着いたらどうだ。」
そういうと奏司さんはらんに(奏司さんは直だと思っているようだけど) 持ってきたケーキのお土産を渡した。
「直くんの行き着けの店で買ってきたんだ。気に入ってもらえるといいんだけど。」
らんがおそるおそる受け取ると奏司さんは優しく微笑んだ。 すると台所にいた七海ちゃんが言った。
「奏司さん、ありがとうございます。ではお茶にでもしましょうか。」
七海ちゃんの声は普段とかわりねえみたいでオレはそれにちょっとだけ 安心した。だって兄ちゃんがあんな様子で七海ちゃんも怒り心頭だったら 会話なんて到底むりだろ?
七海ちゃんがお茶を入れてくれてる間にオレは夜に聞いた。
『そういえば青のやつが来るとかってのはどうなったんだ?』
実はケーキを見て思い出したんだ。青もここのケーキが好きで よく藤守のやつと買いに行ってたから。
「ああ?夕方ここに立ち寄る事になってたんだけどな。綾野のいっけんで チャラになった。けど明日には来るっていってたぜ?」
『そっか。』
奏司さんが来て少し重苦しさは軽くなったがそれでも時間の経過とともに 兄ちゃんのイライラは増していった。
「綾野のやつ、いつまで待たせるつもりだ!!」
すでにケーキも食べ終え、七海ちゃんが用意してくれた夕飯も食べ終わって
10時を回る時間になっても綾野ちゃんから連絡は入らなかった。
「真一郎、少しは落ち着けないか。」
「これが落ち着いていられるか。」
「真一郎、気持ちはわかるが・・・・・。」
玄関が開いたのはその時だった。
皆が一斉に玄関を注目する中、綾野ちゃんはいつもとかわらぬ微笑を浮かべて 部屋に入ってきた。
それが余計に兄ちゃんのイライラを募らせた見てえだったけどオレはやっぱり綾野ちゃんが
相沢を擁護していたなんてとても信じられなかった。
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次回は色っぽいシーンにいけるかな。いきたいな〜(笑)
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