フラスコの中の真実 7
綾野ちゃんは部屋の中にいたオレたちの顔をぐるりと見回した。
オレも兄ちゃんもらんも七海ちゃんもじっと綾野ちゃんの言葉を待った。
一番に口をひらいたのは奏司さんだった
「綾野、どういうことなのか説明してくれるんだろ?」
「奏司兄、当たりめえだろ?綾野、今日という今日は
洗いざらし言うまでぜってえ帰さねえからな。」
兄ちゃんは今にも綾野ちゃんに食ってかかりそうな剣幕だ。
「真一郎、お前は綾野の話が終わるまでは黙ってろ。」
「なんだと!!」
兄ちゃんは奏司さんを睨みつけていた。 うううっちっと怖えかも。いつもならここで仲裁に入ってくる 七海ちゃんも今日は3人の中には割って入ろうとはしなかった。
まあ兄弟喧嘩だ思えばいいんだろうけど、息が詰まりそうだって。
綾野ちゃんはそんな二人を他所に、オレに向かって話しかけてきた。
「空くんごめんね。驚ろいたろう?」
「うん。まあ。」
綾野ちゃんはもう1度その場を見回した。喧嘩していた兄ちゃんと
奏司さんも息を飲む。
「わかってもらえるかどうかわからないけど、僕の知ってることは 全部話すから・・・。」
綾野ちゃんはそう前置きしてからゆっくりと話し出した。
「僕が彼に再会したのは4ヶ月程前、僕の知り合いの病院だった。」
綾野ちゃんは相沢の事を『彼』と呼んだ。
おそらくオレたちの事を気遣ってくれてるんだと思う。
そのあとの綾野ちゃんの話はこうだった。
丁度『あの事件』があった頃、山中で大怪我と全身の火傷をして倒れていた
相沢を見つけた人がいてその人が近くの(綾野ちゃんの知り合いの) 病院まで運んだんだって。
なんでも相沢がみつかったのはこの学園から50キロ
以上も離れた山中だったらしい。
どうやってあの惨状からそんな所まで行けたのかは綾野ちゃんも想像つかない って言っていた。
その後病院で徐々に回復していった相沢だったけど、あの
爆発の後遺症か以前の記憶が全くなくなっていて。
仕方なくそのまま病院で身を置いてたら、相沢にはすごい医学知識 があることがわかったんだって。
もう助かる見込みもねえって医師が判断した怪我人の命を
助けたとか、余命いくばくないって言われていた人の病気を完治させたとか。
あの相沢がそんなことするなんてオレには信じられなかったけど。
知り合いのお医者さんにその話を聞いた綾野ちゃんがもしやと 思って病院を訪ねて・・・相沢と再会した。
大まかな内容はそういうことだった。
「綾野それは本当に相沢本人なのか?」
話が一区切りついた時に奏司さんが綾野ちゃんに聞いた。
確かに相沢が記憶喪失と言えそんな事するなんて考えられねえよな?
けど奏司さんが言った意味には別の意味が込められてた。
「奏司、それはどういう意味?」
「綾野にわかんねえわけねえだろ。」
兄ちゃんがバンっと思いっきりテーブルを叩いた。
「真一郎!!」
奏司さんがたしなめたが兄ちゃんは余計に怒りを露にしてた。
「そいつがクローンなんてこともあんだろ!!それに
綾野、なんでてめえは連れ戻ってきた?
見てみぬふりする事も出来たんじゃねえのか。」
「確かに僕もはじめはクローンを疑ったよ。彼の技術なら当然出来る事だ。
けれどクローンといえすべて譲り受けるわけじゃない。
彼と4ヶ月仕事をして僕はわかった。あの技術と知識は彼自身の
ものだ。」
綾野ちゃんはそう言い切ったあと再会した頃の相沢のことを話し出した。
それは信じられないような話だった。
相沢は記憶を失って自分と言うものの存在に孤独に怯えてたらしい。
「僕は彼を置き去りにする事が出来なかった。医師としても、彼の親友としてもね。
許して欲しいなんてそんな虫のいいことは言わない。 けれど彼は今一生懸命生きてる。それだでけは認めてはくれないだろうか。」
綾野ちゃんがそこまで言った時、らんの隣でソファに座ってたはずの
オレが何の前触れもなく立ち上がった。
って夜の仕業か?
オレは綾野ちゃんの前まで行くとやっぱり自分の意思とは別に 口を開いていた。
「綾野、てめえの話は大体わかったよ。けどな、もしあいつの記憶が 戻ったらどうすんだ?つうかよ。すでに記憶が戻ってるなんて ことねえよな?」
案の定オレの体は夜に乗っ取られて自由は利かなくなってた。
綾乃ちゃんは突然のオレの豹変に驚かなかった。
「君は夜くんだね?それはありえないと思うよ。」
綾野ちゃんはそう言ったが夜は納得しなかった。
「本当にそうか?だったらなぜ昨日あいつはこのマンションに現れた?
直はあいつに会った瞬間に心を閉ざしちまったんだぜ。あいつが直に何か したんじゃねえのか?」
夜の視線は鋭く射抜くように綾野ちゃんを見ていた。 確かに夜の言うことは一理あるよな・・?
「夜くん、それってひょっとして5時ごろ?」
「ああその頃だ。」
「それで今らんくんが表にいるんだね?」
綾野ちゃんはらんに向かってそう聞き返した後、らんにその時の
様子を聞いて頷いた。
「実は昨日彼が急に病院を抜け出したんだ。
1時間ぐらいで戻ってきたからそれほど心配もしてなかったんだけど、らんくんには
申し訳ないことをしたね。」
綾野ちゃんが頭を下げてらんに謝るとらんは大きくううんと首を振った。
「僕よりも直の方なの。呼びかけても全然応えてくれないし。」
「わかった。僕も直くんが戻ってこれるよう手助けさせてもらっていい?」
「もちろんだよ。」
夜は綾野ちゃんとらんのやり取りを聞いてワザとらしいほど
大きなため息をついた。
「・・で、綾野、さっきの話の件だけど、どうなんだよ?」
夜は再び話を戻すと綾野ちゃんは今までにないってぐらい真剣な 表情になった。
「もし彼の記憶が戻ったらって話だね。彼がそれで君たちに
危害を加えるような事をした時には僕は全力でそれを阻止する
と約束する。刺し違えるぐらいのつもりでね。」
綾野ちゃんの言葉にはウソはねえとオレは思った。 それはオレだけでなく、夜も兄ちゃんも奏司さん七ちゃんもそう思った んだと思う。
「わかった。綾野がそこまでいうなら私は何も言う事はない。
ただし全部自分で背負い込もうとするな。何かあったら
相談してほしい。真一郎じゃ相談もし難いだろう。」
奏司さんの言葉には兄ちゃんに対する棘のようなものがあった。
「なんだよ、それわ。」
案の定噛み付いた兄ちゃんに奏司さんは笑った。
「なんだ?真一郎にはわからないのか。お前では頼りなくて
綾野も相談出来ないだろうと言ってるんだ。」
「奏司さんお言葉ですが、真一郎は探偵ですし、
学園にも顔が利きます。相沢のことだってですね・・・」
それまで黙っていた七海ちゃんが口を尖らしてる。 また兄弟喧嘩が始まりそうな雰囲気にオレは苦笑したが
それはいつものかわらぬ光景だった。
綾野ちゃんが帰ったあとらんが風呂に入ってる間オレは夜に聞いた。
「なあ夜、もしオレが藤守みてえに心を閉ざしちまったら夜だったら どうした?」
「なんだ。空は覚えてねえのか?って覚えてるわけねえか。」
夜は一人で納得して自己完結してる。
なんだよ、それっ。つまりオレも藤守みてえに心を閉ざした事が あるってことなのか?
そんな事を考えていたら夜が苦笑した。
「まあ、そういうこった。」
「で、その時夜はどうしたんだ?」
「聞きてえのか?」
勿体ぶるように聞き返されてオレはむっとした。 けど聞きたくないとは言い返せなかった。
だってもしかしたらその方法で藤守も戻ってくるかもしれねえだろ?
そしたらそれは無理だって夜が言い返してきた。
「何で?」
「まあもう10年以上も前の事だから白状しちまうがよ、 お前が心を閉ざしたのは研究所から助け出されたあとだ。」
「えっ??」
「自分だけ助けだされた事がどうしても受け止められなかったんだろ? いろいろ試してみたんだがどうしても空は戻ってこねえから
お前の記憶を奪った。」
夜から聞かされた内容は衝撃的だった。
夜はあっさり言ったけどすげえ苦痛を夜は引き受けて
くれたんだってわかったんだ。
そしたら夜がオレの考えを吹き飛ばすように笑った。
「たく、くだらねえ事考えてんじゃねえよ。」
「けど・・。」
「今は直を戻す事が肝心だろ?」
「そうだけど。」
らんが部屋に戻って来る気配がして夜が湿っぽくなった会話を終わらせた。
「さて、らんが戻ってきそうだな、お子様はそろそろ寝る時間だろ?」
「なんだよ。お子様って、大体だな、オレは昼間も無理やり寝かされてまだ眠く
ねえ・・・て・・・。」
って、何でだよ。おかしい・・・眠くねえはずなのにいきなり
睡魔が襲ってきてオレの視界はぼんやりと揺れる。
「たく・・てめえはちっとは遠慮しろ。」
ううっ夜の言葉は聞こえてくるのにオレは文句一つ言い返せねえ。 くそっ夜のやつ・・・。
オレの視界が閉じる前に部屋に入ってきたらんの姿が藤守にダブった。
「ふ・・じもり・・。」
オレは手の届きそうで届かない藤守に手を伸ばしながら
眠りへと落ちていった。
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予告していた所まで行きませんでした(汗)次回冒頭から●シーンです。
出来るだけ間が開かないよう更新がんばります〜。
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