フラスコの中の真実 5
兄ちゃんが出かけてからオレは余計落ちつかなくなっていた。
藤守のことはいてもたってもいられねえぐれえ心配だったけど
だからこそつうか兄ちゃんと一緒に行ったほうがよかったんじゃ
ねえかって思った。
ここで待ってるなんてオレの性に合わねえんだ。
オレがそんな事をぐだぐだ考えていたら夜は
自分が表にでるって言い出してきた。
いつもらんが表に出る時は夜と交代するからそれに異議はねえんだけど、
オレはどうしてもらんに聞いておきたい事があったんだ。
夜はしぶしぶだったけど了解してくれた。
「らん。あのさ藤守のことなんだけど・・今もその心の奥にいるのか?」
「うん。そこで感情のない空と一緒にいるよ。」
「感情のないオレ?」
「ナオの記憶の中にある空、研究所にいた頃の空だよ。
ナオは相沢に会って空と離れたくないって強く思ったんだと思う。
僕がナオにあった時、誰にも空は渡さないって、僕に石を投げつけたんだ。
それで記憶の中の空を必死に守ってた。
僕の顔もわからないぐらい必死だったんだ。」
「藤守・・」
そこまで言ってらんの表情が翳る。
オレは胸が張り裂けそうだった。
藤守がオレの事をそんなに思ってくれてるんだって思って。
「だったらオレが直接藤守に呼びかけてみる。」
本当のオレはここにいるって、言えばわかってくれるんじゃねえかって オレは思ったんだけど夜は無駄だって口を挟んできた。
「なんでだよ。」
オレはイライラを募らせて夜に怒鳴った。
「らんでさえ直は敵だと思ったんだぜ?
今のお前の姿と声じゃ直が余計に混乱するだけだ。」
「だったらどうすればいいって言うんだよ。」
「とにかく落ち着けって。」
オレと夜のやり取りを今まで何も言わずに見ていた七海ちゃんが
そっとお茶を淹れてくれた。
「とりあえず空くんも夜くんもお茶でもどうですか?」
七海ちゃんにはオレが一人で言い争いしてるように見えるだろうに
オレも夜の人格もちゃんと一人の人間として見てくれた。
その気持ちがすげえありがてえなって思った。
オレが湯飲みを受け取ると七海ちゃんが提案してきた。
「青くんに呼びかけてもらうっていうのはどうでしょうか?」
「青に?」
聞き返したのはらんだった。
「ええ、青くんだったらその当時の空くんに近いんじゃないかと思って。」
七海ちゃんはそう言ったけど青だってもう高校生だし、どちらかと言うとあの頃の オレよりも今のオレに近い容姿になっていた。
「でも・・・」
心配そうに七海ちゃんを見上げるらんに七海ちゃんは微笑んだ。
「とにかくやってみないことには始まらないでしょう。ダメだったらまた別の方法を
考えればいいんです。ねっ?」
目配せした七海ちゃんにらんはこくんと頷いた。
その時突然電話が鳴った。
俺たちは一瞬顔を見合わせた。ひょっとして兄ちゃんから? 七海ちゃんは慌てて受話器を取った。
「もしもし、しんいちろ・・・?って本城くん、久しぶりですね。
元気にしていましたか?」
祭・・?今留学中の祭からの電話にオレたちは顔を見合わせた。
七海ちゃんはオレに受話器を差し出して来たのでオレは恐る恐る
それを受け取った。
「空、久しぶりだね元気だった?」
「おおう元気だぜ?」
「ナオくんも変わりない?」
「えっ?ああ、藤守もかわんねえよ。」
アメリカにいる祭に心配かけさせるわけにいかねえっ。
本当のことなんて言ったら帰ってくるなんて言いだしかねねえし。
オレは極力普通に話そうとしてるんだけどうまく繕えなかった。
ウソをつくのも良心が痛んだんだ。
祭はオレにとっても藤守にとっても大事な親友でかけがえのない仲間だし。
そんな事を考えてたら祭にたしなめられた。
「空、さっきから僕の話聞いてる?なんだか上の空だよ?」
「そんな事ねえって、それで祭なんだって?」
祭は大げさなほどのため息をついた。
「もうやっぱり聞いてなかったんだね。僕そっちで仕事が決まって、
打ち合わせがあるから明日急にだけど帰国することになったんだ。」
明日だって?オレは絶句した。
「って空、聞こえてる?何かあった?」
祭に耳元で怒鳴られて俺は我にかえった。
「えっ?ううん。何でもねえよ。祭明日帰ってくるのか。楽しみだよな・・。」
楽しみだと言ったオレの声はカラカラと乾いていた。
「ええっ、そう?あっ・・・てもう電話切らなくちゃいけないから、空、直君や 七海先生、真一郎さんに・・・。」
祭が最後まで言い終わらぬうちにプープーと電話が切れた音がした。
オレはため息をつきながら受話器を置いた。
自分でも動揺してるのがわかったぐれえだから勘のいい祭はなんか
変だって思ったに違いねえ。
祭が帰ってくる・・
本当だったら今頃、藤守と一緒に大はしゃぎしてるはずなんだけどな。
肩を落としたオレに七海ちゃんが声をかけてきた。
「空くん、本城くんどうかしたのですか?」
「うん。明日こっちに帰ってくるって。」
「そうですか。」
小さくため息をついた七海ちゃんも浮かない顔だった。
藤守・・・お前の事みんな心配してんだぜ。
そりゃ、相沢のこともあるし・・・あいつが
何たくらんでるのかわかんねえから怖えのもわかるけどな。
オレはそんな事を考えてううんと首を振った。
相沢はやっぱり怖え。けど、以前のような事はねえって思えたんだ。
だってあの頃よりもずっとオレたちは強くなったし、藤守との大事な絆もある。
それに夜やらんや兄ちゃんたちだってオレたちにはいるんだぜ。
オレは少しでも藤守の傍に行きたくてやっぱりらんの手を握ろうとしたら
夜からのプレッシャーがかかった。
「たくいつまで表にいるつもりだ?交代だろ。」
「けど藤守が・・。」
「お前がそうしてたって直は戻ってきやしねえよ。」
そんな事を気安くいう夜をオレは許せなかった。
「夜 てめえ!!」
「とにかく今は引っ込んでな。」
夜はオレが文句を言う前に無理やりオレの体を乗っ取った。
くそっ・・・て思ったときにはオレは自分の意思で体も動かす事も声もで
なくなってた。
しかも眠りたくねえのにいきなり睡魔が襲ってきて〜夜のやつ・・。
オレが眠りへと落ちる前、夜はらんの手をぎゅっと握り締めていた。
なんだよ・・・結局 よるのやつヤキモチ・・か・・よ。
オレの意思があったのはそこまでだった。
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す・・すみません。またお話が進んでないですね。
次回ははじめから核心に触れられると思います。
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