フラスコの中の真実 1
日が傾き夕暮れにもなろうとするころ直は一人真一郎のマンションに
向かっていた。
足取りは軽く肩のあたりで結んだ髪は足取りと一緒に揺れている。
今日は週末の金曜日、
明日から大学は3連休だし、今夜は七海先生が手料理をご馳走してくれるっていうし、
それに・・・・
その後の空とのことを独り思い浮かべて直は頬を染めた。
「バカ!!何かんがえてんだよ。」
慌てて独り言のような突っ込みを入れた直はそれでも知らず
知らずに空のことを思い巡らしていた。
羽柴はもうマンションにいるのかな?
空は今日の授業が終わったあと水都先生の手伝いで
居残りさせられていた。
直はその間、図書室で調べものをしていたのだが。
そろそろ終わる頃だろうと直が覗きにいった数学教諭室はもう誰もいなくて
空と一緒に帰ろうと思っていた直はなんだか肩すかしをくった気分だった。
けれどそんな事も今は些細なことだった。
マンションはもうすぐそこだし、今晩は羽柴と一緒に過ごせるのだから。
母親に連れられて家路に帰る子供たちとすれ違いながら直の心の中は
ほっこり温かくなっていく気がした。
だが、真一郎のマンションの前まできて直は立ち止まった。
白衣を着た男が一人マンションを仰ぐように見上げていた。
その男からは不釣合いなほどに感じる長身の影が伸びている。
「まさか・・・」
直の気配に気がついて振り返ったその男の顔は直が忘れたくても
忘れることが出来ないあの男のものだった。
「どうして・・・そんなはず。」・・・はない!?
直の顔からみるみる血の気がひきやがて言葉も失う。
男は直をじっとみつめると立ち過ぎる前に耳元に「・・・」
ぽつりとつぶやいた。
けれどそれは直の耳に届く事はなかった。
直はあまりの衝撃に意識を手放してしまっていたのだった。
ほとんど無理やり意識を交代させれれたらんがその目で見たものは
立ち去っていく男の背だった。
マンションの部屋に逃げ込むと部屋には誰もいなかった。
キッチンには七海の走り書きメモがあった。
「ごめんなさい。お砂糖が切れちゃって買い物に行ってきます。すぐに
戻ってきますから待っててくださいね。 七海」
らんはその書き置きを見てから自室のベットに飛び込んだ。
最近直から突然らんに入れ替わるというような事はなかった。
少なくとも研究所を脱出して以来1度だってなかったのだ。
だのに直は突然意識を手放し今は心までも閉ざしている。
らんは直と入れ替わる前におぼろげに見た男の輪郭を
思い出していた。あれは間違いなくあの男だった・・・と思う。
でなければ直がこんなにおびえるはずがない。
だけど・・・一体なぜ今更あいつが・・・?
らんは焦る気持ちを逸らせながら精神の奥の扉を叩いた。
「ナオ?ナオ応えてよ。どこにいるの?ナオ」
らんが何度心の中に呼びかけてもナオの返事はなく
そこは怖いぐらいに静まりかえってる。
それでもこの中のどこかにナオがいるっていう感覚のような
ものはあった。
もともとここはらんの住処だから知らない場所はない。
けど・・・体は小さくてもナオの記憶の扉は多く深い。
もし扉の向こうの闇に入り込んでしまったのなら、らんの声も聞こえないかも
しれなかった。
らんが必死に心のどこかにいる直を呼びかけていると突然現実の扉があいた。
深く思考が入り込んでいて人の気配にも気づかなかったのだ。
部屋に入ってきたのは直があれほど待ち焦がれていた空だった。
「おう。藤守先来てたんだな。図書室覗いたけどいなかったから
って・・・藤守寝ちまってんのか?」
「うん。ちょっと調子悪くて。」
らんは直のふりをして布団にもぐりこんだ。
「ここんとこ忙しかったからな。大丈夫か?」
心配してベッドのすぐ脇に腰掛けてきた空にばれないように
らんは布団に丸まった。
けれど次の瞬間空の手が布団の中まで伸びてきてらんは
ドキっとした。
「な・・・何すんだよ。」
「ごめん。熱でもあるんじゃねえかって思って。」
「そんなのないよ。もう、僕の事はほっといてよ!!」
思わず僕と言ってしまって、らんはしまったと思ったが鈍感な空は
きづかなかったらしい。
「ちえっ心配してやってんのに。」
自分の方のベットに腰を下ろした空にらんは布団の中から
ぼそりと聞いた。
「羽柴、ここに来る時に誰かに会わなかった?」
「誰かって誰だよ・・?」
らんがここに来てから空が来るまでにそう間があったわけじゃない。
だからひょっとしたらって思ったのだが。
「ううん。ならいい。悪いけど今日は晩御飯いらないから。七海先生に
謝っておいて。」
「藤守・・でも・・」
空はその後も何かいいたそうだったけれどらんが寝たふりをきめ
こむと諦めたように部屋から出て行った。
その後一度七海が直もといらんの体調を診にきたがらんは適当にそれを
誤魔化してその場を逃れた。
でもいつまでも誤魔化せるわけじゃないのは当のらんが一番わかってる。
夕食を済ませて戻ってきたのだろう空は小さなため息をついて
机に向かっていたがやがて諦めたように自分のベットに入ったいった。
空が寝静まったころ空の中から別の人格が起き上がった。
その人格はらんの傍に寄るとそっとその震える肩を引き抱き寄せた。
「らん何があった?」
夜には当にらんだと言う事がわかっていたのだ。
「あいつ・・・あいつに会ったの。それでナオが・・ナオがいなくなちゃった。」
眉間に皺を寄せた夜の顔を見る前にらんは夜の胸に飛び込んでいた。
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芥と学そして相沢親子を軸としたお話なんですがもうしばらくこの3人が登場する
予定はなくて(汗)お待ちの方いらしたら申し訳ないです。
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