ドタバタ・バレンタイン
2
オレは大学の敷地内で立ち往生していた。
それっていうのも教え子(水都の補助でやってる学生アルバイト)
の女子高生に囲まれちまったからだ。
「羽柴先生、これ受け取ってください。」
「私もお願いします。」
「あ、っありがとう。」
今日はバレンタインだってことを忘れてたオレもうかつだったけど なんだよ。これは・・?オレってこんなに人気あったのか?
むげに断る事も出来ずオレは愛想笑いを浮かべながら女子高生らから それを受け取った。 オレが高校の時は男子校だった学園も今じゃ共学になってて随分様変わり
してる。
つっても・・・。
「羽柴先生には彼女がいるんですか?」
「え、まあ・・な。」
いきなり聞かれてオレは面食らった。恋人はいる。それも飛び切り 美人で気の強えオレの自慢の恋人。 けど彼女じゃねえんだよな。
その女の子に曖昧に返事してっとオレは鋭い視線を感じて殺気すら感じる
その先を辿った。
そしたら藤守と目があったんだ。
「藤守・・・!!」
オレが声をかけた瞬間藤守はダっとものすごい勢いで旧校舎の
方に走りだしてオレは慌てて周りを囲んでいた女の子たちの輪から
抜け出した。
「悪い。オレ急用が出来ちまって、」
「ええっ!!」
女の子たちのブーイングが聞こえたがオレはもう一度「 ごめん」とだけ謝って藤守を大急ぎで追いかけた。
藤守が走り去った方は旧大学校舎の裏側、ここは間もなく 立て替えが始まるとかで閉鎖されて行き止まりになってるはずだから
藤守を見失うはずはねえって思ったんだけど・・・。
藤守を追いかけていった旧校舎の裏側は誰もいねえ。
オレは女の子たちに貰った両手いっぱいのチョコレートの所業に 困りながらため息をついた。
「おかしいな。藤守どこいっちまったんだ。」
そしたらオレのすぐ近くですすり泣くような声がしたんだ。
オレは慌てて周りを見回した。そしたら校舎の窓がそこだけ少し
開いてたんだ。
その窓から覗き込むとそこに小さく丸まるように身をかがめた藤守が
いて。その藤守はまるで子供みてえに小さく見えた。
「藤守?」
オレが声をかけると藤守は泣き顔も隠さないで赤く潤んだ目で
オレを見つめた。
「くぅちゃんはオレより女の子たちの方がいいの? オレの事嫌い?」
「んなわけねえだろ。」
オレは藤守がひょっとするとヤキモチやいてくれたのかと思うと ちょっと嬉しかった。
オレは女の子たちには悪いと思ったけど両手のチョコレートを地面に置くと
窓からよじ登った。
「は・・羽柴・・?」
軽くジャンプして降りると藤守は自分を守るようにぎゅっと膝を抱え込んで
しまったのでオレは少し離れて藤守の隣に腰掛けた。
「オレがすきなのは藤守だけに決まってんだろ、」
「本当?」
「信用ねえのな。」
オレは藤守を怖がらせねえように少しづつ距離を縮めた。
「だったらどうして女の子からチョコレート貰ったりしたの。」
「そりゃ、せっかく用意してくれたのに断ったら悪いし。 それに藤守チョコレート好きだろ?」
オレがそういうと藤守は突然すくっと立ち上がった。
「バカにしないでよ。」
「藤守?」
「羽柴が他の子から貰ったチョコレートをオレが食べると思う? ひどいよ。オレが好きなのはくぅちゃんなんだよ。なのにそんな
事いうなんて。」
オレは真っ赤に顔を高揚させた藤守が言った言葉に驚いていた。 藤守今オレの事何って・・?
・・・好きって言わなかったか?
恋人になってからも一度もオレの事を藤守が好きって言ってくれた事は
ねえんだぜ?オレの聞き間違い?
それとも・・。
「藤守・・・ひょっとしてオレにチョコくれるとか?」
「えっ?」
ひょっとしてそうなのかな〜と期待して藤守を見上げたら
高揚していた藤守の顔がどんどん青くなっていく。
「藤守、どうした?」
「どうしよう。オレ・・・用意してない。羽柴にチョコ用意してない。」
今にも泣き出しそうになった藤守にオレは慌てた。
「その・・藤守、別にチョコレートなんてオレは気にしねえから。ほら
オレそんな甘えもんすきじゃねえし。」
「でも羽柴女の子にチョコレート貰ってあんなに嬉しそうだったじゃない。 それともオレのはいらない。オレのじゃ嬉しくない?」
ぽろぽろ泣き出した藤守にオレはおろおろした。
「嬉しくねえわけないだろって藤守、一体どうしちまったんだ?」
「どうもしないよ。いつもと一緒なんだから・・。」
そういっていきなり胸の中に飛び込んできた藤守を抱き止めるとオレの 鼓動はドクンと大きくなった。
「いつもと一緒だ」って藤守はそう言ったけど明らかに今日の藤守は違うっ
て。
これっていつもみてえにらんにからかわれてる?とかじゃねえのか?
泣きはらしてる藤守がらんの演技とは思えなかったが
いつもからかわれてるんだからその可能性も否定できず オレは半信半疑のまま胸の中の藤守に聞いた。
「なあ・・・お前ホントに藤守?」
聞いちまった瞬間藤守の顔が一瞬固まって俺は後悔した。
胸の中にいた藤守が「バカ!!」って叫けびながらオレの胸をぽかぽか
叩く。体は全然痛くわねえけど、心はすげえ痛かった。
「何言ってるの。オレに決まってるじゃない?オレじゃなかったら誰だって 言うんだよ!!」
「ごめん。藤守・・・ひょっとしてらんにまたからかわれてるだけか
と思って。」
藤守の唇ががくがく震える。
「信じられない。らんにからかわれてるって・・・
羽柴ひょっとしてらんともこんな事してるの? オレだけじゃなくてらんにまでこんな事してるの? 羽柴の事好きなのに・・こんなにオレ好きなのに・・。」
なんでそうなっちまうんだって思いながらもオレは胸の中が詰まりそうな
ぐれえ熱くなっていた。 だって藤守がそんなにオレの事思ってくれてたなんて。 オレはもうこれがらんの演技だなんて事は思わなかった。っつうか そんな事もうどうでもいいって思った。
「ナオ・・。」
オレはベットでしか呼ばねえその名で藤守の名を呼ぶと ぎゅっとしがみついてくる藤守を抱き寄せた。 トクントクンと藤守の早い鼓動を感じながら不安そうな藤守の 背を撫でた。
「オレが好きなのはナオだけだ。他の誰でもねえ、ナオだけ
なんだからな。」
「くぅちゃん、本当?」
「ナオ・・・」
オレは藤守の顎に手をかけるとチュっと唇を吸った。
「こんな事するのも藤守だけだから。」
「くぅちゃん・・オレも・・くぅちゃんだけが好き・・・」
藤守の唇がそう動いたのをオレは夢の中の出来事のように
感じてた。
オレは夢見心地のまま藤守の手を握ると旧校舎を歩き出した。
もしこれが夢でも夢で終わらせたくねえって思ったんだ。
「羽柴・・?」
「藤守・・今からオレがとっておきのチョコレートパフェをご馳走してやるな。」
「本当?!」
「ああ、オレから藤守だけへの特別なバレンタインプレゼントだ。」
そういうと少し戸惑ったように藤守が下を向いた。
オレはてっきり喜んでくれるとばかり思ったんだけど
「けど・・オレなにも用意してない・・」
ぼそりと言った藤守にオレは微笑んだ。
「だったらホワイトデーに返してくれたらいい。」
「そっか。」
ようやく笑顔を取り戻した藤守にオレは小声でいった。
「なあ藤守、オレお返しにリクエストがあるんだけど。いいか?」
何をリクエストされるのかと思ったのか藤守の横顔が少し緊張してる。
オレは二人きりなの内緒話をするように唇を寄せた。
藤守はそれにちょっと驚いたみてえだったけどこくりと頷いた。
「そんな事でいいならいつでもいいよ?」
オレはその返事にすげえ驚いた。いつでもって・・・ホントなのか?
「だったらオレは今すぐでもいいんだけど・・。」
藤守はちょっと顔を赤くしてでも背伸びするとオレの頬だったけど
チュってしてくれた。
「くぅちゃん、大好きだよ。」
「藤守!!」
はにかみながら頬を染めた藤守にオレはここが校舎の中だってことも
忘れて理性が切れそうになったがなんとか堪えたのだった。
さて・・
そんなラブラブな二人を赤面しながら物陰から眺めてる人物が一人。
「藤守先輩本当は空先輩の事あんな風に思ってんだな。」
学は遠ざかる二人の背を微笑ましさと羨ましさでみつめていた。
・・・にしても空先輩こんな所にチョコレート置いていったら女の子たちに
気の毒だって思わねえのかな。
それともすっかり忘れちゃってる?
苦笑しながら学は地べたに置いていかれたチョコレートを
紙袋に詰めた。
そしてその場から立ち上がるとさっきから高鳴ってる
鼓動を抑えるように胸に手を置いた。
芥もオレに本当の気持ちいってくれるかな。
期待に満ちた気持ちに、不安が入り混じってる。
芥の想いを疑ってるわけじゃないけど芥は全く感情をみせないから・・。
ポジティブ思考の学も不安になることだってあるのだ。
「芥・・・」
想い人の名をつぶやくと学は思い切ったように歩き出した。
その人の元へと向かうべく・・・。
3に続く
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次は芥がターゲットです・・。(笑)
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