地上の星 10 涙も枯れたころ、瞬は兄の温かい小宇宙に包まれて
満たされた気持ちでいっぱいになる。 「兄さんの背中とっても温かい。」 「ああ、オレの血は炎からうまれたからな。」 瞬は今まで泣いていたのも忘れて思わず噴出してしまった。 こんなキザな台詞もさらっと言えてしまうのも兄さんぐらいの ものだ。 「兄さんはフェニックスだもんね。」 背中でくすくす笑う瞬に一輝は少し気まずそうだった。 「もうすぐ鍾乳洞を抜けるぞ。」 無言で頷いて瞬は今ならこの瞬間ならこの兄に自分の想いが伝えられそうだと 思った。 「あのね兄さん・・・」 「なんだ?」 「兄さんが好きです。」 「ああ、」 兄の返事があまりにあっけなくて瞬は拍子抜けした。 「あの・・・兄さん?」 「オレもお前が好きだ。」 「はい・・・。」 瞬はぎゅっと兄の背にしがみついた。 「好き」だという兄の心は見えない。 「オレも」といったけど瞬と同じ想いだとは 計れなかった。 それでも胸がいっぱいになる。 枯れたはずの涙がまた溢れそうになって瞬は苦笑した。 「なんだか僕今日泣いてばかりですね。」 カラカラと乾いた笑いを浮かべて瞬は目を閉じた。 目の前はもう鍾乳洞の出口だった。 小屋に着いてから一輝はすぐ暖炉に火を起こし瞬の足の手当てを 施した。 「この様子なら2,3日もすれば貼れもひくだろう。それまでおとなしくしてろ」 「はい、」 しばらくの沈黙がながれ、瞬は思いきったように口を開いた。 「あのね、兄さん、僕兄さんに話さないといけないことがあります。」 一輝は瞬の改まった言葉から何かを悟ったのだろう。 瞬の横に腰を下ろした。 「決心がついたのか?」 兄はずっと待っていてくれたのだと瞬は知った。 だからこそ今夜絶対に言わなければならなかった。 「冥界でエスメラルダさんに会いました。」 「そうか。」 瞬は兄の顔を見ることが出来なかった。 「それで、」 一輝の声は平静を装っているようでそうでないような気がして瞬は膝をぎゅっと 抱えた。 「綺麗で優しくて温かい人でした。 ・・・僕は嫉妬していたんです。僕の知らないデスクィーン島で兄さんの傍らにいた人を。 兄さんが好きだった人のことを。」 一輝は何も言わなかった。 「エスメラルダさんも同じだと笑っていました。 今も兄さんとともに生きてる僕を嫉妬してるって。 兄さんは私(エスメラルダさん)を通して僕を瞬をみていたんじゃないかって。 そう思ったこともあるって・・・・・。 ・・・・ごめんなさい。」 「なぜ謝る?」 「それは・・・、」 瞬は言葉に困って下を向いた。 「エスメラルダさんは僕に会ったことで迷いが消えて輪廻の輪の中に 消えていきました。」 新しい命になるために・・・。 瞬はその時の事を思い出していた。 あの時の彼女は本当に儚くて美しくて優しく微笑んでいた。 『ありがとう、さようなら、貴方にあえてよかった。』 あれは僕ではなく兄さんに伝えたかったんだと思う。 「そうか」
一輝はそう言っただけだった。 沈黙の時間が2人の間を支配する。 ちりちりと目の前の暖炉の炎が燃え上がってる。 「ありがとう・・。」 ややあって兄の手が瞬の頭をぽんぽんと撫でた。 「瞬、時間も遅い。もう寝ろ・・。」 「待ってください。」 瞬は兄に誤魔化されたような気がして 咄嗟に離れていく腕にしがみついた。 「瞬?!」 珍しく兄が動揺して瞬は慌ててしがみついた手を解いた。 「ごめんなさい。」 「瞬、足が治ったら下山しろ。」 「えっ?」 やはり話すべきではなかったのだろうか?と瞬は泣きそうに顔を落とした。 「どうしても下りないといけませんか?」 「瞬、」 嗜めるように一輝は瞬を見た。 「僕どうしていいかわからないんです・・・・ 僕は兄さんが好きです。 好きで、好きでどうしていいかわからなくて、 僕は兄さんのために何か出来る事はないですか? 僕は彼女の変わりになりませんか?」 自分の言ってることが無茶で支離滅裂だと瞬は自覚があった。 そうしてまだ兄に縋りつこうとする自分が堪らなく嫌になる。 だが兄と離れるのは不安でたまらなくなる。 「瞬、お前はお前だ。・・・そんな必要ない。」 そういって一輝は瞬の肩を抱いた。 「それに・・・オレもお前と一緒だ。」 瞬は大きな瞳をますます見開いた。 「オレもどうしていいかわからないんだ。 このままお前がここにいれば オレはお前を傷つけてしまうだろう。 オレはこれ以上お前を傷つけたくはない。 本当の事を言えばお前が聖闘士であることも 反対だった。お前は優しすぎる。」 瞬は服の上から心臓を押さえるように拳を作った。 瞬の胸には一輝が瞬に憑依したハーデスと対峙したときに出来た傷が 今も残っていた。あの時兄の拳は胸を掠めただけだった。 それでもその風圧で兄の拳は砕けたし、瞬の胸は血を吹いたのだ。 聖闘士として世界より瞬の命を選んだ兄。 あの時兄に傷つけられたのではない。 「もしこの傷の事を言ってるなら兄さんそれは違うよ。 僕はこの傷に守られたんだ。 それに兄さんが僕を傷つけるはずなんてない。」 「瞬、そんな事をいうと後悔するぞ。」 「えっ?」 突然切ったように一輝が瞬の腕を掴んだ。 そのまま瞬に覆いかぶさり2人床へと転がる。 「にい・・・、」 名前を呼ばせてはもらえなかった。 瞬の唇を一輝が捉える。 触れた瞬間心臓が壊れそうなほど悲鳴を上げた。 同時にそこから生まれた熱が全身へと駆け抜けてく。 兄に体を押さえつけられ瞬は震える腕で兄にしがついた。 こんな兄さんは知らない。 まるで獣に襲われているようだ。 それでもキスされ自分の体を抱くこの腕を振り払おうとは瞬は 思わなかった。 一端顔を上げた一輝の表情からは瞬は何も見えなかった。 最終話へ
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