交差 1







 堅苦しい挨拶も 社交辞令にも疲れて俺はパーティー会場からそっと抜け出す。
ホテルのフロントを抜けると10月の夜風がひんやりと俺の頬を撫でた。


「進藤 今日の主役がパーティ会場抜け出すのはまずいな。」

「緒方先生こそまずいんじゃないの?」

明日の対局相手は余裕の笑みで俺を見下ろしているように見えて実はそうでない事をオレはよく知っている。

「進藤 俺と付き合わないか?」

「付きあうって、今から対局なんて言わないよな。」

とぼけてみせる。でないと俺はこの人に飲み込まれてしまうから。

「俺の言ってる意味がわからないとは言わせないがな。」

通りたくない道、避けたかったこの人との馴れ合い。適当に誤魔化せるものなら
そうしてしまいたかった・・。
けれどこの人はそれを許してくれる気はなさそうだ。


「この間の事なら・・・忘れてよ。 俺どうかしてたんだ。」

「お前は忘れられるのか?」

この人との駆け引きは甘くて危険だ。まるで碁を打つ時のように
俺を夢中にさせてしまう。
白い煙を上げる相手に俺は苦笑した。


「タバコは控えめにした方がいいぜ。思考が落ちるって塔矢が言ってた。それって
碁打ちには致命傷じゃん。」

塔矢と言葉に出した途端 顔を曇らせた先生の手から俺はそれを掠め取ると
自分の口元に運んだ。

煙を吸い込んだと途端 あまりの苦さに俺はそれを吐き出した。まるで体中を真っ
黒になってしまいそうだと思うほどの苦さだ。

「げっぶ にげえ・・・」

「お前にタバコは似合わんな。」

呟くような声がズキンと俺の胸に響く。本当は先生だってわかってるんだ。



「うん。俺にはまだ 大人の恋はできないみたい。」

俺は先生にタバコを返すと後ろから大きな声で呼びかけられた。

 「先生方 何してるんですか!スポンサー方がお待ちですよ。」

 「今行く!」

走り出して先生が来ていない事に気がついて俺は振り向いた。



「緒方先生?」

先生が口に含んだタバコから白い煙が立ち上がる。


 「今日のタバコはいつにもまして苦いな・・・」


緒方のつぶやきは煙とともに消えていった。


                           2004年01月18日(再編集2006年7月)





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