終局は物語のはじまり






     
若獅子戦第2戦は俺の予想していたとおりあの二人を注目する連中
が多く俺は観戦を諦める事を余儀なくされた。

それでも棋院から離れる事ができず控え室で二人の対局の行方を待った。

進藤とアキラの対局が終了し二人を取り巻いていたギャラリーが控え室へ
と移ってきた。

口々にアキラと進藤の対局の様子を話しているようだが、俺は
他人の話すものに興味がわくはずもなくそいつらと入れ替わるように対局室に
入った。

あの二人をとりまく空気は明らかに他のそれとは違い俺の目を引いた。

勝ったのはおそらくアキラ。二人は碁石を片付けながらもしきりに検討を
しているようだった。俺は二人の間に割り込むように話しかけた。





「やっとギャラリーが消えたな。」

「緒方さん。いらしてたんですが。」

「ああ。二人の手合いには興味があってな。で、どっちが勝ったんだ?」



見当は付いていたが俺はあえて進藤の視線を意識するようにアキラに聞いた。

「僕の2目半勝ちです。」



チラッと俺を見た進藤はぶすっと膨れっ面をみせながら立ち上がった。

「塔矢、俺帰るわ。緒方先生それじゃあ。」

そういって立ち去ろうとした進藤に俺は声を掛けた。それはホンの出来心だった。



「まあ待て進藤。どうだ、アキラくんも一緒にこれから3人で飯でも食いにいかな
いか?奢ってやるよ。
せっかく観戦に来たのに見られなかったんだ。今日の棋譜も
みせてもらいたいしな。」


俺の言葉にアキラがうなづく。


「ええ。構いませんよ。僕は一人ですしこれから夕食を作るのも
なんだか面倒です。進藤、君も一緒にいかないか。」


おそらく俺の申し入れを断るつもりだった進藤だが、アキラから誘われたことで
躊躇した様子が伺えた。



「俺?俺はだってその関係ないし・・・」


俺は隣に立ちすくんでいる進藤にだけ聞こえるようにぼそっとつぶやいた。


「無理にとは言わんがな。アキラくんと二人か。それはそれで悪くない。」



たちまち進藤の顔が青ざめた。わかりやすいことだ。

「やっぱ行く。いく。俺も今日一人なんだ。」


元気よく立ち上がった進藤だったが気持ちは空回っているようだ。
俺の言葉に明らかに
動揺の色が映っていた。そんな進藤に不思議そうにアキラが尋ねた。

「一人って?」

「ああ。親は二人で旅行にいってるんだ。」



俺はアキラの瞳が一瞬揺れたのを見逃さなかった。
パーツのそろったこの状況を逃す手はない。



俺は対局以上に興味をそそるこの二人の恋愛に高みの見物を決め込むと
二人を誘って少し早い夜の街へと繰り出した。





 





3人で料亭を出たころから遠くで雷の音が聞こえていた。

5月の風は生暖かく湿った空気はもうすぐ夕立が訪れる事を物語っていた。




「一雨来そうだな。進藤 、アキラ君 傘はもってるか」

俺の問いにアキラは「ええ」と応えたが進藤は首を横に振った。

「わかった。進藤 、家まで送って行ってやろう。」

俺の言葉に進藤が慌てる。

「俺はいいって。この間みたいにどっか近くの駅で降ろしてくれたら
傘買うし。」

「遠慮するな。駅に行くのもお前の家に行くのもそう変わらん。アキラ君
は先に進藤を送ってからでも構わないか。」

同意を求めた言葉にアキラが頷く。


「僕からもお願いします。酷い雨になるかもしれません。
進藤を送ってあげてください。」



アキラがいう間にも大粒の雨が地面を叩きつけてきた。
3人で急いで車に乗り込むと進藤の家へと向かった。




進藤の家までようやくたどり着いた時には、雨も雷もますます酷くなる一方だった。




「 今日はどうもありがとうございました。先生 塔矢も送ってくれるんだよな?」

「もちろんだ。心配するな。」


俺は意味ありげにそういうとミラー越しに進藤を見た。
そこには下向き加減で唇をかんだ進藤の顔が映っていた。



「それじゃあ、塔矢また碁会所でな。」

そういうと進藤は急いで車から離れると電灯もついていない真っ暗な家へと
消えていった。


俺はゆっくりと車を発進させたが100メートルほど先の公園で車を駐車
させた。
アキラ君に俺の意図するところを汲んでもらうべくご丁寧にエンジン
まで切ってやった。
エンジンを切ると雨脚の激しい音だけが車内に響いた。



「緒方さん?」



怪訝な顔をして俺の様子をうかがうアキラに俺は冷ややかに言い放った。

「追わなくていいのか。」

アキラの表情は変わらない。おそらく普段どおりの自分を装っているのだろう。

「何をいってるんです?」

「しらばっくれるのもいい加減にしたらどうだ。俺がその気に
なれば進藤なんてすぐに落とせる。それでもいいのかって聞いてるんだ。」

アキラの目は鋭く射抜くように俺をみていた。


「貴方に進藤は渡しませんよ。」

アキラは吐き捨てるようにそれだけ言うと、この雨の中傘もささずに走りだした。




俺が投げたサイが動き始める。





俺が望んだ事なのに、胸にぽっかりあいた寂しさを感じながらアキラが暗闇に消
えたあとをぼんやりみつめていた。


     

      


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