終局は物語のはじまり





     
店を出ると俺は進藤に警戒されぬよう俺の部屋に誘った。

「どうだ。ここから俺のマンションが近いんだが、一局付き合わないか?」

そういいながら俺は車にエンジンを掛けて発進する。

「えっ行ってもいいの?先生と対局したい。今日の対局なんか
間が抜けちゃってさ。若獅子戦で塔矢と打つのに、
気い引き締めとかないと、あいつには勝てねえから。」


俺は進藤からアキラの名が出た事ににもやっとした感覚が押し寄せた。

それが何なのか咄嗟にはわからなかったがそれは嫉妬に近かったのかも
しれない。それに気がついて自嘲する・・・・自分はどうかしていると。



「進藤、アキラくんとの手合いは俺も楽しみにしてる。
2年前は見られなかったからな。」

「先生若獅子戦にくるの?」

「ああ、お前とアキラくんの手合いを見にな。ライバル通しの
一戦は俺だけでなく期待しているやつも多いはずだ。
若獅子戦では棋譜も残らないし行くしかないだろ。」



そういって自分が進藤に言った言葉をかみ締める。
俺は進藤に惹かれているが、それはアキラに向かって
いくこいつの純粋な気持ちに惹かれているのだと。



お互いが惹かれライバルとして競い目指す関係。
それは俺にとって新鮮であり手にいれたくても入れられないものであった。





いつかこの二人が俺の前に現れて俺を脅かす存在になるのを、
待つしかないのだと思う。
とにかく今の俺にできる事はこいつらの恋を見守る事と
待つことでしかない。



進藤と恋人になることなどとうに諦めている。ならばせめてライバル
として彼と向かい合いたい。


早くあがってこいよ。進藤・・・



そう心の中でつぶやいた俺はこの時にはまさか
進藤がこんなにも早く上がってくることになろうとは予想だに
してはいなかったが。









俺の部屋に入ってからの進藤はなぜかそわそわして落ち落ち着かなかった。

「どうかしたのか?」

部屋の中をキョロキョロものめずらしげに眺めていた進藤だったが
水槽に気が付くと吸いつけられるように足が向いていた。


「うん。先生金持ちなんだなって思って。なんかすごいや。」

「こう見えてもタイトルホルダーなんでな。そこそこの生活はしてるさ。」



しばらくの間水槽をかじりつくように眺めていた進藤が俺に
聞いてきた。


「なあ、先生この部屋に誰か連れてきたことある?塔矢とか。」

俺はソファに腰掛けるとタバコを銜えながら言った。

「ないな。この部屋に入れたのはお前がはじめてだ。」

「えっ?先生の部屋に入ったのって俺がはじめて?塔矢もないんだ。
今度あいつに自慢してやろう。」

「自慢するほどのことなのか?」

「だってあいつの方が先生とは付き合い長いだろ?」

「まあな。俺はアキラくんのおしめも変えた事もあるし、小さいころは
散歩にだって連れてってやった。碁の相手もしょっちゅう
させられた。」

驚いたように進藤は目を丸くする。

「へえ〜俺もっとあいつのこと聞きたい。」

「お前が聞きたいことはどうもアキラ君の事ばかりのようだな。」

水槽からやっと目を上げた進藤がはっとしたように俺を見る。

「そりゃあいつと俺は碁でしか繋がりがないから・・・。
もっとあいつの事知りたいって思って。」

「それじゃあ進藤、お前はアキラ君とどういう繋がりになりたいんだ。
アキラくんの何を知りたいんだ?」


俺はタバコの火を灰皿に押し付けると進藤に詰め寄った。
進藤の表情が揺れる。


「それは・・・・」

「はっきり言ったらどうだ。進藤。お前はアキラに惚れてるんだろ。」

そう言った俺の言葉には余裕がなかった。感情を抑えることができ
ず声が震えてしまう。

だがおそらくそんな俺の様子に進藤は気がつかなかっただろう。
彼の顔はまるで能面のように表情はなくなっていた。


「なんで、緒方先生 がそんな事わかるんだよ・・・・!?」


進藤がアキラの事を認めたことに俺は正直ほっとした。やっぱりそうなのかと。
確信がもてなかったわけではないがここまで追い詰めたのだ。

そうでなければ俺の理性がすっ飛んでいたかもしれない。
余裕を取り戻した俺はそれでも進藤に隙を与えず‘チックメイト‘に持っていく。





「何故だと思う?」

「ひょっとして緒方先生も塔矢の事が・・・・・」

そう言った進藤に俺はそれが誤解だとは言わなかった。

「そうだといったらお前はどうするつもりだ。」

進藤の目は能面のそれから俺に対するライバル心にかわり睨み付ける様な
表情がまた俺を炊きつけた。

「そんなに睨みつけるな。出し抜いたりしやしないさ。」

進藤はまだ俺に対する警戒をとかないが俺はそういった進藤の感情も
心地よく感じた。

「進藤、お前はアキラくんと どうしたいんだ。」


「先生の言うとおり俺はあいつが好きだ。でも俺はそれだけでいい。
今のライバルとしての関係があるならそれ以上の関係なんて別にいい。」

正直な気持ちなのだろう。というより今まで本当にそう思っていたのだろう。
だが、俺の言った言葉に揺れてる進藤はそれ以上をも意識したはずだ。



「進藤、お前の気持ちがその程度のものならアキラくんは俺が貰う。
俺はそんな詰まらん関係など望んじゃいない。それがどういう意味かぐらい
お前にだったわかるだろ。
お前との馴れ合いもここまでだ。対局出来なかった
のは残念だが今日は帰れ。送ってやるよ。」


俺がそう言って玄関へ向かうと「一人で帰るからいい。」と
進藤が俺を突っぱねた。

「俺がつき合わせたんだ。少なくとも駅までぐらいは送らせろ。」

俺の強い言葉にうなだれながらもようやく進藤は折れた。




車の中で俺たちは一言も発さなかった。

駅について進藤が手身近に御礼の挨拶を言ったがそんなものに
心があるわけじゃない。

俺は進藤の気持ちを焚きつけるようにいってやった。

「アキラくんは簡単にお前には渡すつもりはないぜ。
せいぜいがんばるんだな。」



背を向けていた進藤がどういった表情をしていたのかわからないが俺は
それを想像するだけで満足していた。

     

      


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