箱の中の星






     
父さんがなぜここに?!

言葉にしようとしたがそれは父によって阻まれた。
アキラを見ても表情一つ変えなかった父だったが
ここから連れ出すように歩き出した。

アキラはそれに従うしかなかった。

足早にロビーまで降りてアキラは口を開いた。

「父さん 進藤はどこが悪いんです。引退の理由は
病気が原因なのですか!!」

「アキラ、ここはまずい。外に出よう。」

ロビーには外来の患者や救急の患者もごったがえしていた。
アキラはやむなく頷いた。

結局 先程2時間待ったベンチに父と腰掛ける事になった。

「聞きたいことがあるのだろう。」

「もちろんです。進藤は一体・・・」

「進藤君は白血病だ。」

「白血・・・病」



進藤が白血病・・・。
突然の事実を飲み込めない僕を待つように父は
しばらく言葉を閉ざした。



「今のままだと余命10ヶ月だと宣告を受けたそうだ。」

「そんな・・・」

体ががたがたと震えだす。進藤があと10ヶ月でこの世から
いなくなる・・・考えただけで気がおかしくなりそうだった。


「だが、進藤君と同じ型の白血球のドナーが見つかれ
ば進藤君は助かるんだ。進藤君はその可能性を信じてる。」


父の腕には採血の後があった。

「父さんそれは・・・」

「少しでも何かしたいと思ってね。ドナー登録をした。
今の自分にはこんな事しか出来ないがね。」

どうしようもなく歯がゆい思いは父とて同じなのだ。

「アキラ 私が今日ここに来たのは進藤君に引退届けを
撤回してもらうためだ。進藤君は棋士としての可能性を
諦めてはいない。
現に今日彼は病気が治ったら私のようにフリーの棋士になって
海外で活動をしたいと言っていた。
もちろんそれもいいと思う。
だが彼はまだ若い。
それにこれから日本の碁界を担っていく棋士だ。

だから引退届けは撤回して欲しいとお願いした。
私でよければ棋院との折りあいをつけようといったら彼は
受け入れてくれたよ。」



進藤がいつでも碁界に戻ってこれるように・・。
今は病気を治すことに専念するために・・・。
父が見込んだ進藤だから。誰もが惹かれる進藤の碁
だから必ず戻ってきて欲しい。

父のその気持ちは痛いほどよくわかった。

僕はどうしてももう一つ気になった事を父に尋ねた。

「とうさんはどうして進藤のことを知ったのです。」

「調べてもらったんだ。」

「調べて・・?」

「進藤君が突然引退なんておかしいと思ってね。
そういったプロの方に調べてもらった。その上で進藤くん
に連絡をさせてもらった。もし彼が会いたくないというのであれば
私は会わないつもりでいた。
勝手に身辺調査をした手前もあったしね。」

「では進藤は父さんに会ってもいいと言ったわけですね。」

「ああ、ただしお前には絶対に言わないでくれと頼まれた。」

父の言葉がずきりと胸に突き刺しアキラは肩を落とした。

「僕は彼に会わないほうがいいんですね。」

「私はそうは思わないがな。」


真意を計りかねてアキラは父をみた。


「進藤君は誰にも言わないで欲しいとは私に言わなかった。
アキラには言わないで欲しい・・・そういったのだ。
それは裏を返せばアキラに
会いたいと言っているように私には聞こえたよ。」

「進藤・・・」


背中を押されたようだった。
父はベンチから立ち上がった。

「私はこれから棋士会長に会ってくる。アキラは・・・」

「僕は進藤に会います。」


その決心を父は黙ったまま了解した。
遠ざかる父の背が消えるまでアキラは見送り
そうして立ち上がった。


進藤に会うために・・・。




     
      


目次へ

箱の中の星6