日本棋院から電話があったのは2月も半場のことだった。
「進藤君 久しぶりだね。」
電話をしてきたのは棋士界会長の室田九段だった。
「室田先生 ご無沙汰しています。」
「がんばっているようだね。」
「まあ。」
室田先生と話をするのは俺が不戦敗の時に電話で話したとき
以来だったから随分久しぶりだ。
「塔矢先生から君の事は聞いたよ。北斗杯の事だが、こちらで協議
した結果 君の出場が決定した。だから心置きなくそちらの碁戦に励
みなさい。君が帰国するのを楽しみにしているから・・・」
強引なほどの塔矢先生の言葉を思い出して俺は申し訳ない気持ちが
残る。
「それとね、実はGO GOTV放送局が昨年の北斗杯の評判を聞いて、
今年是非撮影させて欲しいといってるんだ。また若手棋士を取材して
特集を組んで放送したいともいってきている。中にはそういった事は囲碁界
が穢れるなどという者もいるがこんな風に囲碁が注目される事は
少ないからね。
普及のためにも今回思い切って取材や撮影を受ける事にした。」
室田先生はこういった新しいことにも進んで取り組んでいく温厚で
自由な発想がうりの先生だ。
「それで、君にも取材依頼が来ているのだが、受けてもらえるかな。」
突然の話で多少の驚きはあったが囲碁の普及になるならと引き受ける
事にした。
「ええ。囲碁の普及になるなら。」
「よろしく頼むよ。また詳しい事は事務の方から連絡してもらうから。」
4月中国リーグがはじまり取材に来たGO GOTV局は
俺に付きっきりで撮影を始めた。
そんな中あまりいい顔をしない人が・・・
「進藤君 お疲れ様、また快勝だね。だけどあんなに付きっきりで撮影された
ら対局中気が散らない?」
中国リーグを取材にきている古瀬村はTV局の人たちとどうも折り合いが良くない。
俺は苦笑する。
「大丈夫だよ。」
小声で返す俺にTV局の佐野が呼びかけた。
「進藤くん。今日の対局すんだね。またちょっと取材させてもらっていい?」
古瀬村と俺は顔を見合わせる。
なぜならこれから注目の塔矢先生と徐 彰元の対局があるからだ。
「佐野さん。あのね、これから・・・・」
強い口調の古瀬村の言葉を俺が抑えた。
「行きますよ。古瀬村さん 俺 すぐに終わらせるから。」
対局室を後にすると佐野がすまなさそうに俺に言った。
「 ごめんね。実は今 日本棋院を取材してる同僚から連絡があってね。
北斗杯3人目の選手が決まったよ。」
俺はその言葉に息を呑む。
「誰ですか?」
「君と同期の和谷 義高くんだ。」
「和谷!?」
そうか、あいつ楽平との約束を果たしたんだ。
知らず知らずに俺の頬がゆるむ。
楽平はすでに北斗杯出場を決めている。
すぐにでも楽平に伝えてやりたいところだが、楽平も
今は対局中だ。
部屋を移すとすぐにカメラが回り取材が始まった。
「君から和谷くんへのコメントをもらいたいんだけど。」
「ええ。」
「進藤君から見た和谷くんってどんな感じ?」
取材なので中途半端なことは応えられない。
「同期だけど俺のアニキ分って感じかな。碁は少し
ムラがあるんだけど勘がよくて熱くて負けず嫌いなんだ・・・」
「君のライバルと言われている塔矢アキラくんは。」
アキラについては前にも何度か話した事がある。
だが、その時はただの取材でカメラは回っていなかった。
「塔矢はすげえ天才みたいに言われてるけど、そうじゃ
なくって人一倍努力家で囲碁にかける情熱も勝とうとする
気持ちも人一倍強い。それに・・・・」
最後に・・・北斗杯の選手3人が決まったわけだけど進藤君の
意気込みを聞かせてもらえるかな。
「とにかく全力で勝ちにいく!」
「進藤くん。お疲れ様 とりあえず取材はここまでだよ。」
撮影の貝塚がVTRを置いたので緊張が解ける。囲碁を打っている時は
集中していて何とも思わないがこういった取材はやはり緊張する。
「しかし、塔矢くんもそうだったけど君もなかなかいいルックス
してるね。」
撮影の貝塚 の言葉に俺は苦笑いする。
「なんですか。俺のルックスって?」
「僕はね君たちぐらいの世代を随分撮ってるんだ。アイドルや俳優さんたち
だよ。君はそんな子に引けをとらないほどの写体だと思って。」
「俺が・・・!?」
「お世辞や買い被りじゃないよ。君にはまた塔矢君とは違った
魅力がある。今度帰国したら一緒に撮らせてもらうのが
楽しみだ。」
「貝塚 さん塔矢も撮影したんですか?」
「もちろん。撮ったよ。今ここにあるよ。
塔矢くんから君へのコメントもあったはずだけど見たい?」
もちろん見たい。それが撮影のためだといえ俺に向けたものならば。
だが俺はそれを押しとめた。
今そんなものを見ても仕方がない事だと思う。
あと一月なのだ。
「いえ、遠慮しときます。あいつはいつも俺に辛口だから。」
「そう?いい事いってたけどね。」
塔矢はこういった外部の人の受けはいいから案外いい事を言ってくれたの
かも知れないけど、そりゃきっと本心じゃないなと思うと苦笑した。
「それじゃあ 失礼します。俺 塔矢先生の対局見てきます。」
北斗杯までは ・・・残すところあと1ヶ月。
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