ようやく寝付いた進藤のやわらかい髪にそっと触れた。
進藤がずっと起きていたのを僕は知っていた。
だがそれを悟られぬようにしていたから
僕も寝たフリを決め込んでいた。
進藤がなぜ急にこんな事を言い出したのかわからない。
腕の中 僕を求めた切羽つまったような彼の叫びは何かに
おびえているようにさえ感じて胸がぎゅうと痛くなって夢中で
彼を抱いた。
まだあどけないほどに幼さが残る進藤の寝顔がいとしい。
明るく いつも太陽のようにまぶしい君をずっと見ていた。
遠い存在だと思っていたのに。
この腕に抱いて余計に手放したくないと思う。
もう1度触れようとしてなぜだか急に胸騒ぎを感じ僕はベットから
飛び起きた。
埋まった隙間が無理に剥がされてしまうような。
僕は脱ぎ散らかしたパジャマのズボンだけを履いて、
気のせいだと言い聞かせながら寝室を抜け出しリビングへ向かう。
進藤の飲みかけだったお茶をキッチンに運ぼうとして 僕は彼のリュックから覗いていた大学ノートに目が留まった。
何の変哲もないノート。
だがなぜだか引き寄せられるように自然とノートをめくっていた。
そこには進藤の僕への想いが詰まっていた。
カーテン越しに日の光が差し込んでる。
隣で眠る塔矢の横顔がくっきりと輪郭を浮かび上がらせる。
ストレートのさらさらの髪は乱れて
昨夜の余韻を残すように素肌の肩が覗いていた。
心地よい塔矢の温かさを感じて 離れたくないと思ってしまう気持ちを
ぎゅっと目をつぶり食いしばって叱咤する。
わかっていたことだろ。 こうなることは・・・。
ごめんな。塔矢・・・。 俺お前の想い操ったりして。
俺たち元の関係に戻ろう。
それで・・・もう1度こうやってお前とさ、恋人になれたらって
内心期待してる。
俺って都合いいよな。
でもそうでも思わないと泣き崩れてしまいそうだった。
俺は起き上がり脱ぎ散らかった服に手を掛けた。
塔矢元気でな。
心の中でそうつぶやいて、 寝ている塔矢を起さないように細心の注意を払いながら
寝室を出ると佐為が俺を待っていた。
「佐為待たせたな。いこうか。」
「ええ。」
何事もなかったようにそういってくれた佐為に俺は心底感謝した。
マンションを出ると見渡す限りの青空が広がっていた。
空を見上げて俺は忘れ物をしてきた事に 気づいた。 またマンションに傘を置いてきてしまったのだ。 だがもう後戻りすることはできない。
「ヒカルどうしましたか?」
振り返り塔矢の部屋を見上げた。 カーテンは硬くしまったままだ。
「まあ いっか。」
振り切るように俺は佐為と歩きだす。
「ヒカル ノートのことですが、誰も手にできない所に還してはくれ
ませんか?」
誰も手にすることができない場所?
俺は想像力を膨らませてみる。
「たとえば噴火する火山の中とか富士山の樹海とか・・・」
佐為がくすくす笑い出す。
「ヒカル そんな所どうやって行くのです ええっと・・・そうですね。 私は海がいいです。海に返してください。」
「なあ佐為 俺がノートを手放したらお前はどうなるの?」
「私は自然に自分の戻るべき場所に帰るだけです。
心配することはありません。」
コンテナが積み上げられたほこり立つ港埠頭 に俺は自転車を止めた。
「ごめんな佐為 自転車でこれるところ ってここらへんぐらいしかないんだ。」
佐為が望んだのはきっと砂浜の続く綺麗な 海岸なんだろうと思いながら俺は謝った。
「ヒカルいいんですよ。海はすべてつながっていますから。」
塔矢の次は佐為との別れ・・・ 次第にその辛さが胸に押し寄せてくる。
「ヒカルそんな顔をしないで。ヒカルにとっても
私にとっても今日は門出なんですよ。」
佐為の長い髪が風に揺れている。
相変わらずやさしい笑みに俺はまわりも気にせず佐為の胸に
もたれこんだ。
「ありがとう佐為・・・さよなら・・・」
手のひらに置いたノートが風に舞う。 それはまるで波にのるように高く舞い上がり
見えなくなるまで俺はずっと追った。
涙で視界がぼやけて俺は我にかえった。
「あれ?おれこんな所で何してたんだろ。」
そういえば急に海が見たくなって・・・
ジャージのまますっ飛んできたんだっけ。
溢れてくる涙をごしごし袖でこする。
目にごみでも入っちまったか・・?
でも溢れてでる涙がとまる事はなかった。
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