ラバーズ








     
金曜日はあいにくの雨だった。

放課後掃除当番を終えた俺が教室からでると
塔矢が待っていてくれた。

「わりい。待たせた。」

「いいや。この間僕は手伝ってもらったのに・・。」

申し訳なさそうにそういった塔矢に俺は顔を振った。

「帰ろうか。」

はにかんだようなそう言った塔矢の笑顔がなんだかくすぐったく感じた。




俺はふと気になって後ろを振り返った。
佐為は俺たちより少し距離をとって歩いていて俺と目が合うなり
微笑んだ。



「ヒカル。せっかくのデートなんですから私のことは気にしないで
下さい。いざとなったら助けに行きますから。」

「それが余計なんだって!!」

「わかってますよ。」

大げさに怒ったようにそういうと佐為は口元を押さえて笑っていた。

俺より少し先を歩いていた塔矢が立ち止まる。

「進藤 どうかした?」

「なんでもない。」




俺は傘をさすと塔矢の肩に並んだ。
傘分の少しあいた距離。


それはもっと近づきたいようでいてこれ以上は踏み込めない塔矢と
の不思議な距離のようだった。


それでも塔矢の隣は俺だけの場所なんだって思えた。
向かった塔矢の家はマンションでそれは少し予想外だった。



「塔矢ってマンションに住んでるんだ。」

「実は一人暮らしなんだ。」

それにはさすがに俺も驚いた。

「ええ〜塔矢一人って?」

「両親は仕事の関係でアメリカなんだ。」

「それいつから?塔矢寂しくないの。ご飯とかどうしてるんだ。
掃除とか洗濯だって自分でするのか?」


矢継ぎばやの俺の質問に塔矢は苦笑した。


「やってるよ。高校を入学して間なしに父の転勤が決まったんだ。
もともとこのマンションには僕の叔父が住んでいて、
逆に以前僕が住んでいた家には叔父夫婦が住んでる。
よく二人で来てくれるし食事もご馳走になるよ。」

招かれて入ったリビングは塔矢一人が住むには
大きすぎる気がした。

「それでも塔矢やっぱ寂しくねえ。俺の家ここから近いしさ 
いつでも来てやるぜ。」

「ありがとう。」



塔矢は照れくさそうに笑うと
『そこに腰掛けて少し待っててくれないか』
とだけ言って自室だろう部屋に入っていった。



静かすぎるほどのマンションに雨音だけが響く。


俺はすっかり忘れていた佐為の事を思い出し部屋を見回したが
その姿はなかった。


気を使ってくれているのかもしれない。
俺は塔矢に勧められたソファに深くも垂れ込んだ。

ここだと誰にも気兼ねせず塔矢と二人きりで過ごせるんだ。
そんな事を考えた俺はもっと別のことを意識しそうになって邪心を
払うように顔を振った。


もう佐為がへんなこと俺に言うから・・・
だけど何かを期待してる俺がいる。




ブルーの薄手のセーターに黒っぽいスラックス・・。

服を着替えて部屋に入ってきた塔矢は
普段の制服姿よりずっと大人っぽいかんじがした。

「待たせた?何か温かいものでも入れようか。」

「ああ。」


塔矢はリビングと続きにになってるキッチンに入っていくと
手慣れた様子でコーヒーを用意していく。

俺と少しあけてソファに腰掛けた塔矢にドキッとする。
さっきの傘分の距離よりもそれはずっと近かった。

会話が途切れるとどうしていいかわからなくなって
俺は何とか話題を探した。


「あ あのさ 塔矢その・・・今日のところで俺 全然数学
わからなくてさ。おしえてくれねえ。」

本当はこんな時に勉強なんてしたくなかったがなぜだかそう口走ってた。

「いいよ。」

塔矢は快く引き受けてくれると教科書を
覗き込んだ。

A(−2 、4) B(3 、−6)とするときABの垂直
2等分線Iの方程式を求めよ。

基本問題はこうだった。

「進藤 まずある程度予測を立てるんだ。」

塔矢はそういうとノートに簡単なグラフを書いていく。

「聞かれているのはここの方程式だ。
求めないといけないのは・・」

塔矢の指がグラフを示すたびに肩がふれてとても集中できそうに
なかったが俺はそれでも塔矢の説明を必死で追った。

最後は何とか自分で出せた答えに塔矢は「あってるよ。」
と言ってくれて胸をなでおろした。

このまま宿題もやっちまおうと俺が取り掛かると塔矢はわからなかったら
聞いてくれたらいいからと自室に入っていった。

なんだかせっかく来たのにデートと言う雰囲気ではなくなって勉強なんて
言い出したオレは自らを呪ったのだった。


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