消灯時間もすぎた寮は暗い。二人の足音と声が少し冷たい
夜の寮に響く。
「ここは食堂 朝は当番で自分たちでご飯を準備するんだ。
昼と夜はおばちゃんたちが用意してくれる。
こっちは談話室で・・・ここは対局室にフロとシャワー室。
起床は6時40分でそのあと7時から掃除 と食事の準備に当番で分かれる。
俺たちは明日は掃除当番だな。
朝食は7時半から授業は 8時40分から隣の校舎で・・・」
進藤の説明をなんとなくやり過ごす。
今夜から進藤とここで過ごす。
本来ならもっときちんと聞かなくてはいけないのに
思考がとてもまとまらない。
今日1日でいろいろな事がありすぎたのだ。
案内をする進藤も何だか心ここにあらずといった感じで
言葉が遠い。
やがて3階のお互いの部屋まで来て躊躇いがちに
お互いの視線が絡んだ。
無言になって、それにやりきれなくて僕は今晩から自室になる部屋を
開けると当たり前の事のように君は後から部屋に入って電気をつけた。
部屋は8畳ぐらいの部屋で机とパソコンだけがぽつんと置かれていた。
「塔矢 部屋入っていいよな。」
今更そんな事を聞くなんて君はずるい。
その質問には応えないで僕は彼に聞いた。
「君まで破門になったのは僕のせいなんだろう。」
「それは・・・」
違うと言わないのはその通りだからだろう。
「すまなかった。」
「何言ってんだよ。最初にお前を誘ったのは俺じゃん。それに
俺はもともと親父の弟子であり爺ちゃんの弟子なんだぜ。
それより俺は・・・お前と一緒にいられてうれしいなんて、思って
そのさ・・破門にされたのに不謹慎だよな。」
それは僕もそうなのだ。
父に破門にされた事は何より辛いはずなのに、
君が傍にいるというそれだけで僕は強くなれるような気がした。
僕はもう一つ彼にどうしても聞いておきたかった事を口にした。
「君は知っていて僕に何故言わなかった?」
死んだ曽祖父たちの事をきみは知っていたと言った。
「ごめんどうしてもお前に 言い出せなかったんだ。俺・・・」
その先に続く言葉は聞かなくてもわかった。
きっと重ねてしまいそうだったのだ。僕たちと。
「ショックだった。」
僕の呟きに君もうなずいた。
「でも塔矢俺思うんだ。俺だって塔矢だって爺ちゃんたちがいなかったら
会えなかったんだぜ。俺は爺ちゃんたちが間違ってたなんて思えない。」
剛は自分は父の子でよかったと言った。
幸せだったとも。それを否定する事なんて僕たちに出来るはずがない。
僕は言葉に詰まる。
それでもやり切れない想いが残るのだ。
「僕はわからない。とても 君と離れて別の道を歩もうなんて思えない。」
「塔矢 爺ちゃんたちは爺ちゃんたちじゃん。俺たちとは違うさ。
俺もお前と別の道を歩もうなんて考えてない。お前の傍にいるから
ずっと一緒にいるから。」
「進藤・・・」
お互いどちらともなく顔が近づいてキスを交わした。
「なあ、塔矢今晩一緒にいたい。ダメか?」
間じかにある君の大きな瞳に吸いつけられそうになってそれ以上
望みそうになる自分を制した。
「ダメだ。」
ここに入ったときから君がそういうのではないかと思っていた。
僕の声も君の声も震えていた。
「なんで・・・・」
「僕が昨日君にしたことを忘れたわけじゃないだろ。
とても冷静でいられる自信がないんだ。頼む。進藤
君の部屋に行ってくれ。」
それでも尚進藤は僕に食い下がる。
「 それでも構わないって言ったら。」
「僕が昨日君にしようとして事を君はわかっていない。」
「昨日の俺は確かにわからなかったさ。でも今ならわかる。」
進藤はしょっていたリュックから小さな箱を取り出して
僕の手にそれを置いた。
「進藤・・?」
その箱を何気に受け取った僕は強張った。
「進藤 これ どうしたんだ!?」
彼は真っ赤になって下を向いた。
「その・・親父にもらった。」
「本因坊に?」
僕自身もうろたえる。本因坊にもらったって。
「今度からお前と会うときにはもっていけって、親父がくれた。」
「君は昨日の事をお父さんに話したのか。」
「ごめん。俺どうしていいかわからなくてそれで親父に・・・」
彼を責めたわけじゃない。同じ事を知って破門にしようとした
自分の親とつい比べたのだ。
「君のお父さんは寛大なんだな。驚いたよ。」
「そんなことない。親父ははっきり俺とお前の
事は反対だと言った。だけど・・それでもお互いに
求めるようになったらこれが必要だろうって。」
「君は僕を求めてくれるのか?」
「俺お前の事好きだぜ。ずっと傍にいたい。
それってお前の言う求めてるっていうのと違うのか。」
「進藤・・・・」
胸が詰まりそうになってその想いで彼を抱きしめた。
小さな布団に二人で寄り添う。
昨夜と同じように・・・だが、二人を取りまく環境は1日にして
変わったのだ。
きつくきつく君を抱きしめて、お互いに求めてキスを交わす。
「塔矢 俺お前だったらいいから、構わないから。」
そんな事を言われたら本当に振り切ってしまいそうになる。
そうでなくても君を腕に抱いてどうにかなってしまいそうなのに。
「あいしてるよ。塔矢」
互いの肌の暖かさを手繰り寄せる。
強く背にしがみつけられて、僕の理性が解けていく。
「僕も君を愛してる・・・」
君が傍にいる。君とこれから生きていける
失くしたものの代わりに手に入れたもの。
僕は一生この日を忘れないだろう。
君をこの腕に抱きしめた日を。
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