絆 8





     
いつも二人が夜 こっそり家を抜け出して会う小さな児童公園。



先に来たヒカルは不安な気持ちを抱えながらも塔矢に会えると
思うと胸がドキドキして落ち着かない思いを持て余す。

やがて公園の入り口にお互いの姿を見つけると二人は駆け寄って
走っていた。
あとホンの数メートルと言うところまで近づいてお互い
に立ち止まってしまったのは昨日の事が頭を掠めたからだろう。

「塔矢!体調はどう・・・俺 昨日ごめんな その・・・」



塔矢がその数メートルの距離をゆっくりと歩くと俺の肩に
そっと腕を回した。



「悪いのは僕の方だ。君の気持ちも考えずに酷い事をして許して
もらえないと思った。」


俺もその背に腕をまわすとお互いが抱きあった腕に力がこもった。
こうしているだけでもお互いの気持ちが伝わってくるのに。


「よかった。俺、塔矢に嫌われたと思ったんだぜ。二度と会いたくな
いなんて言われてさ、ショックで・・・・」

「僕が君に二度と会いたくないって?どういうことなの。」

塔矢に聞かれて俺は慌てた。親父が言ったとおりきっとそれは
塔矢でなく名人の言葉だったに違いない。
俺は返事に困って下を向いた。


「進藤 僕に言えないことなのか?」

「あのさ、塔矢・・・今日俺お前の家に電話掛けたんだ。そしたら
名人がでて、お前が俺に二度と会いたくないって言ってるからもう電話
もメールもするなって、だけどさ、名人はお前の事を心配して
いったわけでだから、 わかってやれよ。」

俺の言葉に塔矢が首を横に振った。

「父が君にそんな事を言ったんだ。」

「うん。」

「僕はね その父に ここに来る前に君に会うと破門にすると言い渡された。」

破門って!!咄嗟に俺は塔矢の体を跳ね除けた。

「ばか お前それなのに俺に会いに来たのか。
今からだって遅くない帰れ。名人には俺は来なかったとでも会えなかったとでも
何とでも言えばいい。だから帰れ!」

俺が振りほどいた手が塔矢によって捕まえられる。

「塔矢!?」

「君はそれで耐えられるのか?僕に二度と会えなくても。」

握り返された手に力がこもる。

「俺だって耐えられないよ。だけどお前とは棋院でだって会えるだろ。
今までだって親父たちが対局する時は会ってただろ?
全く会えなくなる訳じゃない。」


「進藤 君はわかってない。これから先そんな誤魔化しでは
通用しない。父も君のお父さんもそんなに甘くはない。
僕はね、父が好きだし尊敬もしてる。君のお父さんとの事で
行き過ぎだと思うこともあるけれど、君との事については
僕たちの方が間違ってるという自覚もある。
それでも僕は君の事をお父さんに認めてもらいたいと思ってる。
誰にも君の事は譲れないんだ。」

真直ぐに俺を見つめる塔矢。俺は握られた手をようやく握り返して
うなづくと塔矢の胸に体を預けた。



「俺もお前の事は誰にも譲れない。」

「僕はプロだ。破門にされれば辛いけど困ることはない。13歳でまだひとり
立ちも出来ないけれどそれだって中学を卒業すればなんとかやって
いけると思う。」

「塔矢 一人暮らしをしようと思ってるのか?」

「そのつもりだ。その時は君と一緒に暮らしたい。」

「えっ!?」

言われて信じられない思いで塔矢を見つめた。

うれしい。そんな風に思っていてくれてたなんて・・・
俺は返事の変わりに塔矢の背に手を回した。
お互いの早い鼓動が伝わってくる。

なぜこの腕はこんなにも安心するのだろう。恋しいと想うのだろう。

ずっとこうしていたいと思う。
お互い昨日の事などすっかりどこかに消えうせていた。




「このまま君を放したくないな。」

塔矢の瞳が揺れていた。

俺も帰りたくないと思う。

このまま二人どこかへ・・・俺は目をつぶる。

そんな事が出来るなら・・・・・そう思った途端俺はあること
を思いついた。




「なあ、塔矢 お前それ本気で思ってる。」

「進藤・・?」

戸惑いがちに俺を見つめる塔矢は・・・おそらく口ではそうは言ったものの
やはり無理だと思っているはずだ。

「なあ。塔矢応えて。お前のその気持ちは本物なのか。」

俺の口調が激しくなって塔矢は鋭く俺を見据えた。

「当たり前だ。出来る事なら君をこのまま連れさりたい
と本気で思ってる。」

抱きしめられた肩に力がこもる。俺はドキドキする胸
を抑えた。

「だったらさ、お前俺の爺ちゃんの弟子にならねえ。」

突然の俺の提案に塔矢が驚いた。

「君のおじい様の弟子?」

「そうだ。お前 囲碁学園の生徒になれよ。本当は俺の
親父のって言いたいところだけど、それじゃあいくらなんでも
名人に角がたつだろ?
爺ちゃんならお前の親父も口出しできないだろう。
学園には院生もプロもいる。全寮制で設備も完備してる。
学校だって併設してるし何よりあそこは俺の庭みたいなもんだから今よりも
ずっとお互いの自由が利くとおもうんだ 」


俺は塔矢の顔を覗きこむ。

「そんなことが出来るのだろうか?」

塔矢の心の戸惑いがそのまま出てしまったような言葉に
俺は塔矢の心境を汲む。

いきなりこんなことを言われたら誰だって戸惑う。
もし俺なら塔矢の勧めでも拒否しただろう。尊敬する大好きな親が師匠なのに
あえてそれを除けて別の師匠に仕えるなんてどうかしている。

だからもし塔矢が俺の誘いに乗らなくても俺はそれはそれでよい と
思っている。
大事な事はお互いの気持ちなのだ。



「進藤 僕はさっきも言ったけど父が好きだし尊敬している。」

そこで塔矢の言葉が途切れた。


俺はやはり塔矢は俺の話を断るのだろうと
思っていた。だのに・・・・


「君のお爺様の弟子になるよ。」

「えっ?」

俺は塔矢の返答に正直驚いた。

「なんだ 進藤 君の方こそ本気じゃなかったのか?」

「違うよ。ちょっとびっくりしただけだ。」

「うん。本当は僕もかなり戸惑ってる。僕は今まで何もかも父に依存しすぎてきた。
今は少し父と離れた方がいいのかも知れない。何れは父としてでも弟子として
でなく一人のプロ棋士として父と向かいあいたい。だから君の誘いを受けよう
と思った。」



そんな風に思える塔矢が俺は心底強いと思う。



「だけど進藤本当にそんなことが出来るの?」

「俺 あそこの講師だから推薦資格があるんだ。

お前プロだし学校の成績もいいから俺が爺ちゃんに頼めば大丈
夫だと思う。だけど 塔矢本当にいいんだな。」

俺が念を押すと塔矢がはにかむように笑った。
未練などないと言うように。


「ああ。これからよろしく 進藤先生 。」

改まった塔矢の言葉に俺が噴出す。

「もう、からかうなよ。」

塔矢が俺を抱いていた肩をそっと外した。

「進藤 行こうか。」




俺と塔矢は肩を並べて歩きだす。前に進むために・・・。
現実から逃げるわけじゃない。自分たちで自分たちの
未来を切り開くために進むのだ。

     
      


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