絆 5





     
仕事を終えて何とか棋院から足早に帰路についた俺は家に入るなり
両親の顔さえ見ないように自室に引きこもった。



塔矢どうしたんだろう。ずっと気になって、気になってだのに・・・・
どうしてよいのかわからなくて、俺は頭を抱えるようにしてベットに飛び込んだ。

塔矢いったいどうしたんだよ。らしくねえよ。仕事も途中で抜け出して。


やっぱり体の具合が悪かったんだろうか。昨日碁を打ってる時に
調子が出ないといっていた事を思い出した。

調子の悪い塔矢を一人部屋に置いて出て行ってしまったことを
俺は今更ながら後悔した。


昨日胸によぎった不安が増幅していく。


俺のバカ!戻ろうと思ったらいつだって戻れたのに。



ひょっとしてと思ってパソコンを立ち上げてはみたが
やはりそこには塔矢からのメールはなく俺はため息混じりに
もう1度ベットに横になった。



その時不意に部屋にノックの音がして扉が開いた
戸をあけたのは かあさんだった。

「ヒカル帰って来たのなら顔ぐらい出しなさい。」

「うん。ごめん。」



出かけた時の元気なヒカルとはおおよそ違うヒカルに母親は少なからず
戸惑った。


「ヒカル仕事疲れたんでしょう?お風呂入ってるわよ。
ご飯の前に入ってきたら?」

「うん。」



気のない返事を返して俺はよろよろと立ち上がった。
こうしていても何も変わらない。だけど何をどうしていいのかさえ
わからなかった。





フロに入ると昨日塔矢とフロに入った事を思い出して余計辛くなった。
ふいに一緒に横になった布団の中で塔矢が言った事を思い出した。



『僕は 君と風呂に入った時からおかしかった・・・・』




あの時の塔矢の声思い悩んだように震えてた・・・。

思い出した途端 湯船に浸かった俺の体がそれとは別の熱さを帯びた。
昨日塔矢に触れられたそこは電流を帯びたように小刻みに震えだす。

おそるおそるそこに触れようとした時いきなりフロの扉が開いた。



「おう〜ヒカル入るぞ!」

「お 親父!!」


俺は慌てて触れようとした太腿から手を離した。
親父が湯を掛けながら俺に聞いた来る。


「ヒカルどうした?母さんが元気ないって言ってたぞ。」

「べ 別に何でもねえよ。」



なんとかそう取り繕って親父と湯船の中で向かいあう。
家のフロはかなりゆったりしているとは思うがそれでも大の男が二人も
座ると膝を折らないと入れない。



「アキラくんと何かあったのか?」

「だからなにもねえって。」



そういいながらも親父なら相談に乗ってくれるんじゃないかと思う自分に
叱咤する。親父に頼ちゃいけない。
俺も塔矢も自立するために俺たちを認めてもらうためにもお互い親父には
頼らない依存しないでいようと約束したのだ。だのに・・・・



「父さんにも言えない事なのか?」


俺は親父の顔をまじまじと見た。
どこからか湧き上がる気持ちが溢れ出してきて、
俺の頬を耐えられなくなった涙が流れ落ちた。


「ヒカル我慢しなくていいんだ。言いたくないなら聞かないが、
苦しいなら吐き出してしまったほうがいい。聞くぐらいだったら
聞いてやるから。」

親父の言葉に俺は昨日のことをつい滑らしてしまっていた。


「 俺 怖くなって部屋を逃げだして・・・塔矢調子が悪かったのに
そのままおいて。」


何を言ってるか自分でもわからないほど動揺する俺に親父が聞いてきた。


「ひょっとして昨日アキラくんと寝たのか?」

塔矢と寝た?確かに寝ようとしたけれど。

「寝たっていうかその・・・」

ヒカルの言葉に彼の父が誤解したことは言うまでもない。

「お前は後先も考えずにアキラくんとそういう事をしたのか。
それでアキラくんを傷つけて怖くなってお前だけ逃げ出したのか?」

親父の激しい口調に俺はもっと動揺する。

「なっ何の事?」

「違うのか?」


もう一度俺は始めからきちんと説明させられてとりあえず最悪の事態に至っていな
いことを悟った本因坊はとりあえず安堵した。


「ヒカル 大事な話がある。フロ上がりにお父さんの部屋に来なさい。」

親父と一緒にフロを上がって直ぐに親父の部屋に直行させられた。






「ヒカルお前に聞きたいことがある。お前はアキラ君とキスをした事があるな。」

親父の質問に俺は何とか小さくうなづいた。

「大事な話だ。正直に応えなさい。その時どんな気持ちになる。」

塔矢とキスをする時・・・・思い出しただけで顔が赤く染まる。

「・・・すげえ胸がドキドキして、それで、えっと塔矢が俺のこと好きなんだって
思うと幸せだなって・・。」

「嫌だと思ったことはないんだな。」

「そんなのないよ。」

「それじゃあ昨日アキラくんに触れられてどう思った?」

「そ それは・・・」

応えられずに俺は俯く。

「嫌だと思ったか。アキラ君が嫌いになったか。」

俺は慌てて首を横に振った。

「違う。塔矢の事嫌いになんてならない。
だけどあいつのしようとしていることがわからなくて怖くて・・・
それに俺なんだかわかんないけどおかしくなりそうだったんだ。」

昨日のことを思い出すと辛くなって俺は胸を抑えた。



「ヒカル 昨日アキラくんがお前にしようとした事が本当に何なのか
わからないのか?」

「わかんねえよ。親父はわかるのか?」

親父は困ったように腕を組むと俺に言った。



「ヒカル 人は我侭だ。好きな人が出来るとその人と想いを分かち合いたい
と思う。
だが、それが叶うとそのうちそれだけでは足りなくなってくる。
もっと好きな人を知りたい 独占したいと思うようになり、そのうち心だけでなく
体も重ねたいと思うようになる。
アキラくんがお前にしようとした行為はおそらくそれだ。

つまり・・・・お前とセックスをしようとしたんだ。」

「・・・ば セックスって子供を作る時にするやつじゃないの!?」

「それもあるがそれだけのための行為じゃないんだ。お互いに
想いを確かめ合うための行為でもあるんだ。」


俺は考え込む。塔矢が俺と・・・想いを確かめあうために体を重ねようとした
って事?
そう思うだけで胸がドキドキして別の感情がこみ上げる。

塔矢に嫌われたわけじゃなかったんだと思うとほっとしたようなそれでいて
複雑な・・・
だいたい俺と塔矢って男同士なのにそんな事出来るのだろうか?



「好きな人とセックスしたいと思うことはHな事でも恥ずかしいことでもない。
好きな人と結ばれたい 気持ちよくなりたいって思うのはごく当たり前のことだ。」

「セックスって気持ちいいのか?」

「ああ。気持ちいいな。好きな人をその間、心も体も自分だけのものにする
事が出来るんだ。しかもお互いにな。」



何も知らない息子に本因坊はこれではさぞかしアキラくんも戸惑った事だろうと
頭を抱える。こういうことに関してヒカルは全くの無知だと言う事を彼自身が
今知ったのだ。



「じゃあ俺があんな風に逃げだして塔矢は 塔矢は傷ついた?俺は塔矢のことが
好きなのに理解出来なくてそれで・・・」

「そりゃ塔矢くんは傷付いただろうな。そこまで想っていたお前にそんな態度を
取られたんだから。」

「俺 塔矢とセックスすればよかったんだ。」


極端な息子の考えに本因坊は大きくため息を付いた。

「おとうさんは昨日は何もなくてよかったと思っている。お前のように
何の知識も持たないものが快楽に溺れていいはずがない。いいか。
さっきも言ったがセックスは気持ちいい。だからこそ間違ちゃいけない。

自分だけの我侭や押し付けになってもいけない。
昨日お前が怖いと感じたなら流されなくて良かったんだ。
わかるか?アキラくんだけの我侭や欲望に流されちゃいけない。」



だが・・そうは言っても二人が結ばれる日はそう遠くはなく
来るのだろう。ヒカル自身が性に目覚めれば。


本因坊は小さくため息をつくと机の中から小さな箱を取り出してヒカルに
手渡した。


「今度からアキラ君と会う時は持って行きなさい。」

「何 タバコ?」

普段タバコを吸わない親父がタバコを持っているとは思えなかったが
渡されたその箱はタバコの様に軽くて小さかった。



「未成年者にタバコは渡さんよ。コンドームだ。」

「コンドーム?」

「つまり避妊具 セックスの時に子供が出来ないようにするためのものだ。」

「はあ?俺と塔矢は男同士だぜ。なんで・・・」

「だからこそ持って行きなさい。お互い傷つけたくはないだろう。」



俺はその後 男子の生理現象やその行為の仕方などについて親父から聞いた。
それに一つ一つ納得してうなづくと親父が頭を抱えた。


「大体こういうことは教わるものじゃなく自分で目覚めるものなん
だが・・・」

父親として、一体どこでどう育て方を間違ったのかと思い悩んでも
ヒカルには理解出来ないことだろう。



「うん。なあ親父、塔矢にはなんていえばいい?」

「そうだな。今のお前の気持ちを正直に話せばわかってもらえるだろう。
ヒカルいいか。無理にアキラ君の気持ちに合わせようとはするな。
今のままのお前でいいんだ。わかるか。」


親父の言葉に俺は大きくうなづいた。

「ありがとう 。親父俺ちょっと安心した。塔矢に嫌われたわけじゃ
ないとわかってだけでもほっとした。」

「・・・複雑だけどな。」

ぽつりと言った親父の言葉を俺は聞き逃した。

「へっ?」

その時部屋をノックする音がして母さんが覗き込んだ。

「対局中じゃなかったのね。お父さん ヒカルご飯よ。」

俺はふと疑問に思ったことを小声で親父に聞いた。

「なあ?親父もかあさんとそういったことをするの?」

「当たり前だ。それも使ってる。母さんは体が丈夫じゃ
ないから子供はもう産めないんだ。」

「そっか。」

ひそひそ話をする俺と親父にお袋が笑う。

「あら?何の話?母さんには内緒なの。」

そういった彼女はヒカルの持っていた箱に気が付いて目を吊り上げる。

「ヒカルあなた何持ってるの!」

「えっと コンドーム。親父にもらった。」

母さんの口元が震える。

「あなた、ヒカルはまだ13なのよ。いったい何を考えて・・・・
ひょっとしてさっきヒカルが落ち込んでたのってまさか。」

おろおろする母さんの横を俺はすり抜けて言った。

「ごめん、かあさん、俺 晩飯いらないから・・・」

「ヒカル待ちなさい。ってあなたこれはどういうことですの!」

「かあさんちょっと落ち着いて・・・」



二人の言い争い?を聞きながら俺は急ぎ足で自室に戻った。
とにかく今しないといけないことはアキラの誤解を解く事だった。

     
    




  


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