俺は自室に入ると急いでTV電話を塔矢の家に接続した。
メールよりも直接話した方が良いと思ったからだ。
だが・・・・塔矢の部屋に繋がったはずの電話を取ったのは
間の悪い事に名人だった。
「と・・塔矢名人!?」
俺は想像しなかったこの状態に動揺する。
今まで名人が電話に出たためしなどなかったのだ。
「君か・・何の用だ。」
冷たく見放されたような声。
それでも俺は用件を伝える事はできた。
「あの・・・。ご無沙汰してます。アキラくんのその体調が悪いって聞いて
それで電話しました。それであのアキラくんは・・・」
「アキラの体調がすぐれない原因は君が一番わかっているんじゃ
ないのか。」
俺は名人の言葉にごくりと唾を飲み込んだ。
俺のせいで塔矢の体調がすぐれない。おそらく名人はそういいたいのだ
と思うと返す言葉もなく俺はうろたえた。
「アキラはもう二度と君とは会わないと言っている。電話もメールも
今後一切やめてもらいたい。」
それだけいうとガチャっと一方的に電話は切られた。
名人の言葉に俺は親父の言葉で
微かに希望を持った思いを完全に断ち切られてしまった。
もう俺とは二度と会いたくない・・・塔矢がそう言った?
俺はその後どうやって3階にあがったのか思い出せない。
気がつくと3階のテラスで横になって空を仰いでいた。
曇った瞳から流れ落ちる雫は俺に何も映し出してくれはしない。
昨日見たはずの星も、確かに傍にいた塔矢も何もかもがうつろで
溢れては零れ落ちる涙が頬をつたっていた。
「ヒカル ここにいたのか?ご飯ぐらい食べた方がいい。お母さんも
落ち着いたからもう大丈夫だ。」
横になった俺の顔を覗き込む親父に俺は背を向けた。
「うまくいかなかったのか?」
泣きはらした目は見られたくなかったが何をどうごまかしても親父には
見透かされてしまいそうで俺はこくんと頷いた。
「もう俺には2度と会いたくないって。」
親父と俺の間にしばし沈黙が流れる。
「お前に拒否されたからといってそんなことをいうぐらいの奴ならお前も
忘れた方がいい。」
「親父までそんな事を言うのか。俺訳わかんねえ。
俺、会いたくないなんて言われてどうしたらいいかわからねえ。もし
もう一度昨日がやり直せるなら俺塔矢の思うとおり何だってする。
セックスだってなんだってする。だから・・・・。」
息子の追い詰められた危ない考えに本因坊は気になった事を尋ねた。
「ヒカル ちょっと待て。会いたくないとアキラ君自身に言われたのか?」
ヒカルは小さく首を横に振った。
「さっき電話したら塔矢名人がでてそれで名人に塔矢がそういって
るからもう電話もメールもするなって・・・・」
やっぱりそうかと思うと本因坊は考え込む。
名人は勘がいい。おそらく昨日二人に何かあったのだろう事をわかって
ヒカルを心理的に追い詰めてきたのだろう。
確かに二人が離れるにはいい機会なのかもしれない。
無知で人を疑う事も知らないヒカルには悪いがここは名人の策に
のるのも一興。
だが・・・こんな無知な純粋なヒカルがからこそ騙したくはないと思う。
思いつめられて自分の体さえ投げ出しかねないヒカルの言葉は
本心ならばなおのことだ。
まして・・あの名人の思うままに息子を傷つけられて黙っていられるほど自分は
父親としても師匠としても落ちたくはなかった。
「ヒカル お父さんはそれはアキラくんの本心じゃないと思う。」
「親父・・・・?」
「考えても見ろ。確かにお前に拒否されてアキラくんは傷ついただろう。
だが、それだけでお前を嫌いになったり二度と会いたくないなどとは思わない
はずだ。
お前だってアキラくんにそんなことをされても嫌いにならなかったんだ。
直接きちんと話をするんだ。お互い納得いくまで。
名人はお前とアキラくんが別れる事を望んでる。
だからお前にアキラくんと二度と接触させないように
そういったんだと父さんは思う・・・・
本当は・・・父さんだってお前たちが恋人どおしなのは反対だ。
だがお前にウソをつきたくはないんだ。」
涙に濡れた瞳がホンの少し輝きを取りもどす 。
「親父ごめんな。俺だってわかってるんだ。塔矢との事はまずいって。でも
どうしてもあいつの事が好きなんだ。俺・・・だから」
そういったヒカルの表情は穏やかで本因坊は自分が間違っていなかった
事を確信する。
きっとヒカルは大丈夫だ。ヒカルの髪をくしゃくしゃなでると
立ち上がるように即した。
「ああ。さあ、飯を食べに行こう。母さんが待ってる。」
「でも俺なんか食べたくないんだ。」
「食べるもん 食べないと元気にならないぞ。ちゃんと食べるんだ。
それからだって行動を起こすには遅くないだろう。」
「ヒカル お父さんご飯できてるわよ。」
心配そうに階段から覗き込む母さんに俺はようやく起き上がった。
「かあさん。」
「なんだかあなたたち二人じゃ心もとなくてね。母さんも
上がってきちゃった。今日はここで晩御飯にしようかしら。
二人とも手伝ってくれる。」
「うん。」
俺は両親が傍にいてくれたことをこれほど感謝した日はなかった
かもしれない。 |