その日ヒカルは遠足でもいく子供のようにはしゃいでいた。
どたどた足音を響かせながら階段を駆け下りてきたヒカルは
口早に母親に聞いた。
「かあさん。俺のスーツある?」
「出してあるわよ。頼まれてたお菓子もね。はいっ。」
「かあさん サンキュ!」
母親から手渡されたお菓子の袋を大事そうにリュックに詰め込むと
ヒカルが鼻歌まじりに着替えにとりかかる。
「遊びに行くわけじゃないんだぞ。」
新聞に目を通していた本因坊が浮かれるヒカルをたしなめる。
「わかってるって!俺こう見えてもおじさんたちに 指導碁人気あるんだぜ。」
そういいながらも慣れないネクタイを締めるヒカルに本因坊が手招きする。
「ほら、ヒカルこっちにこい。」
曲がったヒカルのネクタイをもう1度しめ直す。
くすぐったそうにしながらもヒカルは父親のやる事に黙って
従った。
「親父、なあ俺いつもよりちょっとは大人に見える?」
「ああ、七 五 三みたいだな。」
「ひで〜」
膨れっ面をみせるヒカルに彼の父親の本心は内心穏やかでは
なかった。
今日のヒカルの仕事は囲碁ファンのサービスが仕事で
泊まりがけなのだ。
しかもヒカルの恋人のアキラくんも一緒だ。
ヒカルが浮かれているのは
だからまあそんなわけで、心配もするし 気にもなるのは親心としては当たり
前の事だ。
ヒカルとアキラの恋はいつもどこか危うさを感じさせられる。
無鉄砲で無邪気なヒカルと冷静沈着でいて激情家のアキラ。
一体この二人がどこまでいっているのか心配するだけ無駄な事だと
わかっている。
反対したって惹かれあう二人には無意味なことなのだ。
ただ間違いだけは起こさないで欲しいと強く思う。
多感な年頃の二人だけに何を起すかなんてわからない。
自分の子に限ってと思う気持ちと、ひょっとしてとして思う親心は
いつの時代も変わらないものだ。
「ヒカル どんな仕事も大事な仕事だ。気を抜かないようにな。」
内心の親心は口には出来ない。そんな父親の気持ちなどヒカルは知る由
もなく口やかましそうに軽くあしらう。
「もう、わかってるよ。俺ももうプロなんだからそれぐらいの自覚はあるって。」
そう言いながらもうれしそうに足早に玄関に出るヒカルを見送ると本因坊は
小さなため息を漏らした。
進藤門下生と一緒に棋院まで出かけたヒカルは早速アキラを見つけて
駆け寄ろうとして足が止まった。
「塔矢・・・!?」
ヒカルよりも長身のアキラはスーツがよく映える。
淡いパープル系のスーツは塔矢に非常に似合っていた。
普段よりもずっと大人びて見えるアキラにヒカルは頬を赤く染めた。
俺なんて親父に七五三っていわれたのに・・・。
途中で歩みを止めたヒカルにアキラの方が気がついて傍に駆け寄ってくる。
「進藤 おはよう。」
「と 塔矢 おはよう。」
「部屋割り見た?」
「まだだけど・・・」
「僕と君は同じ部屋になってる。」
えっ・・・!塔矢と同じ部屋ひょっとして二人とか。
「それ本当?!」
棋院中に響くほど大きな声を上げた俺はあたりを見回し
ちょっときまずくなって下を向いた。
アキラはそんな俺にクスリと笑いをこぼすと小声で言った。
「しかも二人だけなんだ。」
ヒカルの胸がドキンと大きな音を立てた。
アキラと二人・・・一晩!?
「やった!今日は親父たちの妨害もないしずっと一緒にいられるな。
塔矢今晩は徹夜しような。寝ると勿体ないじゃん」
そういつもいつも親父たちは何かと言うと二人が会うのを妨害してくる。
門下も違う二人が会えるのは手合いが重なる日ぐらいか親父たち二人の
対局日か。
それだって この間は親父たちの名人戦7番勝負に塔矢名人が
なぜかいきなりアキラを付き添わせたのだ。
せっかく二人きりで会えると思っていたのに
ヒカルは肩透かしをくらってがっかりしていた。
それなら俺だって親父に
付き添えばよかったと思いながらもあの二人のいる前(しかも
タイトル戦の間に)アキラと逢引する勇気はあったかどうかはかなり
疑問が残る。
とにかく仲が悪いといいながら妙な所で親父たちが結託しているようで
性質が悪い。
だが、どうも棋院側は俺たちの仲が良いのを歓迎してくれているようだ。
おそらく碁界をしょってる本因坊と名人の仲が悪いのを俺たちに仲裁
してもらいたいらしい。(それは俺たちにだって無理な話なんだが。)
だから何かと言うと俺は塔矢と仕事を組まされる事が多い。同期で同じ年、
ライバルとしても父親がらみでも注目を集める二人はありがたい事に
今回同じ仕事の依頼を受けて部屋まで一緒にさせてもらった。
本当に何が幸いするのかなんてわからないものだ。
「バスの時間になるよ。進藤行こう。」
アキラの言葉に我にかえる。
バスの中、客に揉まれながらも俺は浮かれた気持ちで一杯だった。
この二人13歳なんですが・・・。このお話を書き始めた頃(2004年1月ごろ)
性描写をどうしたらよいか随分考えました。
性に目覚め始めた多感な年頃。
その辺の表現にも随分悩まされたお話でした。
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