絆 2





     
大きな旅館を借り切ってのイベントもようやく1日目が
終了しようとしていた。


お互いおなじ仕事だと言っても会場に入ってからはほとんど
顔も会わせることもなく・・・



先に部屋に入ったアキラは上着を脱いでネクタイを外すと
ソファに腰掛けた。


進藤と今晩二人だけ・・・そう思うとアキラはとても冷静でいられるはずはなか
った。


彼とは2年以上の付き合いになるがキス以上の関係にはいたっていない。
今までに全くそういった機会がなかったわけではないのだが、
進藤の無邪気さを前に自分だけがそういった感情を抱いているようで
とてもそれ以上を望むことが出来なかったのだ。


でも・・・、僕は今日一晩彼の傍にいてその感情を押し込んでいられるほどの
余裕も自信もない。それどころか今日のこの機会をチャンスだとさえ
思っている。



進藤が好きだ。あの笑顔も瞳も碁も何もかもがたまらなく・・・


彼の全てを欲する気持ちがおさまらなくて体中が熱くなる感覚に
くらっとする。進藤は一体僕をどう思っているのだろうか。





「あ〜つかれた〜」

大きく伸びをしながら入ってきた進藤に僕はソファから立ち上がった。

「進藤 お疲れ様。」

「おう。お疲れ!塔矢の方が先に上がってたんだ。」


進藤はそう言いながらネクタイを緩め胸元のボタンを外す。
そのしぐさだけでも彼を意識してしまいそうになって僕は目線に
困って視線を外した。



「なあ〜塔矢さっきさ、指導碁してたおじさんたちに聞いたんだけど
ここの温泉すげえいいらしいぜ。露天風呂もあるんだって、
今からいこうぜ!」



進藤と風呂・・・その言葉に僕は尻込みする。


「君と一緒に入るのか?」

「当たり前だろう!男同士なんだし別にいいじゃん。
ほらせっかくだし浴衣も持っていこうぜ。」


せかせかとフロにいく準備をはじめだす進藤に僕が戸惑うと不思議そうに
進藤が僕に聞いたきた。


「なあ。ひょっとして塔矢俺とフロに入るの嫌なのか?」

見当違いの事を言ってくる彼に僕は頭が痛くなる。

「そうじゃないよ。」

なんとかそう返すと進藤は心底ほっとしたように胸を撫でおろしていた。


「よかった。俺実は今日お前と温泉入るにすげえ楽しみに
してたんだ。違う部屋になっても絶対フロには一緒に入ろうと
思ってたんだぜ。修学旅行だって俺たち行けなかったし、俺
本当に今日の仕事楽しみにしてたんだからな。」



小学校の修学旅行には僕も進藤も行っていない。
プロ試験の最中でとてもそれ所じゃなかったのだ。めったに
学校に通わなかった進藤も本当は修学旅行ぐらい行きたかった
と前にぼやいていたのを思い出して僕はやむなく進藤から浴衣を
受け取り立ち上がる。


「塔矢早く行こうぜ!」


顔中に満面の笑みを作った進藤に即されるように風呂場へと足を運んだ。





入った脱衣所は二人だけで内心非常に焦る。
出来るだけ意識しないようにと思っても意識が進藤にいってしまう。



「塔矢まだかよ。」

「先に入ってていいよ。」

「もうお遅えな。なんなら俺が手伝ってやろうか?」

「えっ・・・?」

冗談だとわかっていても顔が強張る。

「もう塔矢冗談だってば!」


けらけら笑いながら先にフロ場に入っていった彼の背にようやく
僕は安堵する。

だが、チラッと見えてしまった彼の肢体が今度は頭から離れない。
細くてしなやかな体。まだ大人には程遠いほどに彼の体は成長
してはいなかった。それでも僕の性を呼び起こすには十分過ぎた。


だめだ。とても冷静でなんていられそうにない。


何とか気を取り直して服を脱ぐとその場を急ぐように
アキラはフロ場へと足を運んだ。




お風呂場にはポツリポツリとだが、客足があった。

「もうおせえぞ。塔矢。」



待ちくたびれたようにいう進藤は露天風呂に入っていた。
露天風呂には進藤以外にも人が数人いて僕は少なからずほっと
する。

「ごめん。湯気でどこにきみがいるかわからなかったんだ。」

これは言い訳。本当は彼の事だ。一番に露天風呂に
入るだろう事はわかっていた。



「そっか。なあ〜塔矢、星見えるんだぜ。綺麗だろ。」

「あれオリオン座だね。」

「東京から少し離れただけなのにな。」

「・・・・・・」



遠い空を振り仰ぐ進藤。
だが僕は星空よりも隣に座った進藤の髪や時折触れる肩のほうに
ばかり気が行って落ち着かない。

他の客の目もあって僕が露天風呂を立つとすかさず進藤が聞いてきた。



「塔矢 体洗いに行くのか?」

「ああ。少しのぼせたから。」

「じゃあ俺も付き合う。お前の背中洗ってやるよ。お前は俺の背中
洗ってくれよな。」

えっ!?まさか僕に君の背中を流せというのか?
内心の叫び声は表に出せない。


うれしそうにはしゃぐ進藤を前にとても断る事ができない。
ここまで来れば進藤に付き合うしかないのだ。



うれしそうにタオルに泡をたてる進藤に頭の中まで
固まってしまいそうになる。


「ほら、塔矢背中向けろよ。それにしてもお前の肌白くてきれいだな。
親父とはえらい違いだ。」



意識しそうになった思考が本因坊と比べられた事で戻る。


「君はお父さんと一緒にフロに入るのか?」

ひょっとしてと思ったが彼ならありえそうな気がして聞いてみた。

「入るっていうか、勝手に親父が入ってくんの。親子の
スキンシップだとか師匠の背中を洗えだのとか言ってさ。
俺も中学だからかんべんして欲しいんだけど うるさいから付き合ってる。」

「そうなんだ。いいじゃないか。」

「そうか。お前は名人とフロ入って背中洗ったり洗ってもらったり
しねえだろ?」

それはたしかにしない。とても想像にも及ばない事を言われて僕は
苦笑する。


「おう。塔矢今度は交代な。お前が俺の背中洗う番。」

反対に背を向けられて僕は唾を飲み込む。
進藤の背中、細くてくびれた腰。ほんのり小麦色に焼けた肌。


まずい意識しないように何か話さないとそう思っても言葉が
思いつかない。

首のラインを洗おうと手を持っていった所で進藤が首をすぼめた。


「ぎゃ〜くすぐってえ!塔矢だめ。俺そこ弱いんだ!!」

「ご ごめん。」

「そこは俺洗うから いい。」


背中に滑らしたタオル越しに彼の肌の滑らかさ温かさを感じて
手のひらから体に向けて衝撃が走る。ダメだ。

彼は僕をなんだと思っているのだろう。わかってやっているとは
とうてい思えない行動に心底頭が痛くなった。


「おお〜先生たち仲がいいんだね。」

先ほど指導碁したお客の一人に声を掛けられて僕は
我にかえる。



「二人とも中学生なのにプロなんだもんな。」

先ほど話しかけてきた客の連れが今度は話しかけてくる。

「二人は進藤本因坊と塔矢名人の息子さんなんだろう?」

その問いに進藤が返事する。

「うん、そうだぜ。」

「お二人は仲が悪いなんてうわさを聞いたことがあるがこりゃデマだな。」

僕たちを見てそう言う客に僕が応える。

「僕の父と彼の父はライバルですから。普段馴れ合ったりはしないだけですよ。」

これは営業用のいいわけだ。

「なるほどね。君たちもお父さんたちに負けないように良いライバルにな
るといいね。」

「ええ 精進します。」



お客がフロの方に足を向けたこととその間に進藤の背中を流した事で
僕は少し安堵した。

「進藤 僕はもう上がるよ。」

「ええ〜塔矢もう上がるのか?まだ露天風呂しか入ってないじゃんか。」

これ以上彼と付き合うと僕自身が冷静さを保つ自信がないので
やんわり断った。


「どうものぼせてしまったみたいなんだ。僕は先に部屋に戻るけど
君はゆっくりしたらいい。部屋で待ってるよ。」

「うん。」
     
      





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