部屋から自転車で走ってきた彼の姿が見えて
僕は慌てて階段を下りた。
「アキラさん こんな時間からどこへ?」
「少し出かけてきます!」
母の言葉さえ素通りするほど僕は急いで玄関の
戸を開けると門戸の前で立ち尽くす進藤と目が合った。
お互い息を切らしていた
「進藤!」
「塔矢大丈夫だった?」
彼が僕に会いに来てくれたというだけでうれしくて胸が
詰まりそうになる。
「進藤心配させてごめん。」
彼に寄りかかってしまいそうになる自分を何とか抑えた。
「ごめん。僕の家に上がってもらう事が出来ないんだ。」
「知ってる。親父も名人に門前払いされたっていってたからさ
お前の方が出てきてくれてよかった。どっか話せる場所ない。」
もうあと30分もすれば日没だ。
「近くに公民館があるけどそこまで行く。」
「うん。」
二人で寄り添うように歩くとうっすらと夜空に月が浮かんでいた。
公民館の中庭のテラスの拭き抜けでようやく二人イスに座って落
ち着くと進藤のおなかの音がぐ〜となった。
進藤が恥ずかしそうにため息をついた。
「なんかさ、安心したら腹減っちゃった。」
僕は今日彼から手渡されたタルトを思い出しポケットから
取り出した。
「ごめん。君にもらったタルトボロボロになってしまったけど
食べる?」
ポケットから取り出したそれは原型を残さないほど崩れていた。
だが、ヒカルはそれを笑いながらつまんで口に入れた。
「うん。おいしい。塔矢も食べろよ。」
「うん。」
二人で崩れたタルトを頬張り 幸せをかみ締めた。
「進藤 聞いたい事があるんだ。」
「なに?」
「どうして僕と君のお父さんは仲が悪いのだろうと思って
君は知ってる?」
なんとなく僕よりも彼の方が本因坊から何か聞いていそうな
気がしたのだ。
「前にさ、聞いたことあるんだけど親父にはぐらかされた。いつか
わかる日がくるって言われたけど。塔矢は名人から何も聞いてねえ?」
「うん。」
「そっか。」
「理由もわかんなきゃどうしようもないわな。」
「なんだか僕たちロミオとジュリエットみたいだね。」
「ロミオとジュリエットってたしか今年の夏休みの読書感想文
だったやつだろ。俺ああいうの苦手でさらっとしか読まなかった
けどそんな話だったけ?」
夏休みの読書感想文はシェークスピアの戯曲を一つ読み
感想を書くことだったが・・まさか彼が読んでいたと思わず僕は頬を
赤く染めた。
「えっと・・・」
「確か恋人だったのに一緒になる事が出来なくて
死んでしまうんだよな。そうだ。死んで一緒になる事を選んだん
だっけ?」
ちょっと進藤の話は内容が違うようで僕は試しに聞いてみた。
「進藤ちゃんと本読んだ?」
「いや。感想 書かないといけなかったから最初と最後を
読んだだけ。でも俺たちに似ているって塔矢が言うなら読んでみよっかな。」
それを聞いて僕は慌てた。
「別にいいよ。最後は確かにそんな内容だよ。親の反対にあいながら
二人だけで結婚はしたんだけどすれ違いがあって二人は死して同じ
ところに眠りにつく事で想いを成就したんだ。」
それを聞いて進藤は遠い目をして空を見上げた。
「悲しい話だな。」
「そうだね。」
「なあ塔矢俺たちわかってもらえるさ。今日は親父がお前んち
から帰ってきた後ついさ、 けんか腰になっちまったけど、おいおい
名人と話をするっていってたし。俺親父を信じるよ。」
「うん。」
そう返したもののお父さんが僕と進藤の付き合いを
許してくれるとは到底思えなかった。先ほど進藤が言ったように
せめて原因がわかれば対処のしようもあるかも知れないのに。
「塔矢そろそろ帰ろうか。」
お互いいつまでも名残惜しい気持ちが残ったが公民館が閉館時間に
なってここにもいる事ができず立ち上がった。
二人で並んで帰る道・・家が近づいてくると彼との別れが
辛くなって自転車を押す進藤の指に僕はそっと触れた。
ちょっと照れくさそうに頬を染めた進藤が下を向いた。
触れた指先までお互いほんのり赤くなったような気がして、
僕らはそこで足を止めた。
「また会える?」
「会えるさ。塔矢が会いたいって思ったら今日みたいにメール
くれよ。俺来るからさ。」
その時だ。ぷっぷ〜っという車のクラクションの音が真後ろから
鳴り響いた。驚いたように二人の揺れ合っていた指先が離れて・・・
振り返るとそこには本因坊の車があった。
「君のお父さん。」
「親父!?」
車から顔を覗かせた彼の父は相変わらず温かい笑みを浮かべていた。
「遅いから迎えに来た。乗りなさい。」
「うん。親父ありがとう。」
自転車が車に積み込まれて進藤が車に乗り込もうとしたところで
僕は彼を呼び止めた。
「進藤 今日打ちかけになっていた続きだけど 次の僕の一手は天元だから・・・」
その言葉に進藤が振り向いた。
「お前なかなか大胆な発想だな。おもしれェ〜受けて立ってやるぜ
次にあった時には俺も考えておくから・・・。」
車が消えるまで僕は二人を見送った。
家に帰った僕を父も母も何も言わなかった。
ちょいと一服
次回本因坊と名人がなぜ仲が悪いのか明らかになります。
このお話の軸ともいえます。
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