First love 7





     
早朝から彼の家にお邪魔した僕を、進藤と彼のお母さんはは優しく
歓迎してくれた。

「すみません。早朝からお邪魔して・・」

「あらいいのよ。こんな所でよかったらいつでも来てね。」

「ほら はやく塔矢上がれよ。」

進藤にせかされるように玄関を上がったところで
洗面所から出てきたのだろう彼の父と鉢合わせた。


顔を見てすぐに誰だかわかる。本因坊と父とはよく対局していたし
TVでも何度か見たことがあったからだ。


今まで気がつかなかったが進藤によく似ているとこの時はじめて
思った。



自然と胸が早くなる。
僕の事を進藤から聞いているのだろうか。
僕の事を知って追い出したりしないだろうか。

父から伝え聞いているイメージがつい先行してしまって
緊張が走る。だが・・・。



「おはよう!ヒカル」

陽気な声が廊下に響き渡る。

「おう。って親父まだパジャマ着てんのかよ。早く着替えろよな。」

照れくさそうにいう進藤の頭をくしゃくしゃと彼の父がなでた。

「何だよ」

「親子のスキンシップだ」

「いらねえって。」

まるで親子と言うより友達のようなやり取りに僕はクスリと笑みが漏れた。

「もうそろそろ子離れしろよ。塔矢に笑われちまったじゃないか。」

その言葉に本因坊が僕の顔を見た。

「ヒカルの友達かい?」

「お邪魔してます。塔矢 アキラといいます。」

不思議なことにするりと自分の名が出た。

「塔矢 アキラくんか。良い名だ。なるほどな。ヒカルが昨日
慌てて部屋を掃除してたわけだ。」

進藤の顔に赤みがさす。

「余計なこというな。」

小声で父親にせっついている進藤がなんともかわいい。
ひょっとして僕が来るから掃除をしてくれたのだろうか。
そう思うとなんだかうれしかった。


「アキラくん。ゆっくりしていってくれたらいいから。」

進藤に向けられた笑顔と同じ笑顔をアキラにも向けられて
恐縮する。



「はい ありがとうございます。」

父から聞いていたイメージと本因坊のそれは違いすぎていて
僕はほっとした反面不安がよぎる。

父はなぜ彼をあれほどまで嫌うのか。理由がさっぱりわからなかった。


「塔矢どうかしたか?」

つい考え事をしていたら進藤に顔を覗き込まれていた。

「あ、いや・・・その。」

進藤の部屋に通されてから僕は気になっていた事を尋ねた。

「進藤 君のご両親は僕の事を知ってるの?」

「お前のこと?」

うなずくと進藤は何を聞かれたのかさっぱりわからなかったのか
首をかしげた。
ひょっとして父さんだけなのだろうか?彼の父を意識しているのは、


「僕がその・・・名人の息子だって事を、その言ったのかと思って。」

「ああ、なんだ、ひょっとしてお前気にしてた?親父もお袋も知らないと
思うぜ。
俺言ってねえし、でも親父 結構勘いいからお前が名前言った時に
気づいたかもしんねえけど。」

「そうか、」

進藤の言葉からも特に父を意識するような言葉は見られなくて僕は
やはり父だけが意識しているだけなのかも知れないと思った。



「塔矢それよりさ、時間も早いし打とうぜ。」

「うん いいよ。」

彼が部屋の隅から持ち出してきた碁盤は相当古い碁盤だった。

「うわ〜すごく古い碁盤だね。」

進藤はその言葉にフフフと意味深な笑みを浮かべる。

「この碁盤は代々進藤家に伝わる由緒正しい碁盤なんだ。」

「由緒正しい碁盤!?」

自信満々に進藤が胸を張っていう。

「昔この碁盤に碁の神様が宿ってたんだ。そんでその
神様に魅入られた奴は碁が強くなったらしい。
俺のじいちゃんの親父 まあ俺の曾爺ちゃんがだな、その神様に
魅入られて碁を始めたって・・・おい!塔矢聞いてるか!?」

あまりに突拍子な話を進藤がしだしたので我慢しきれなくなって
口元から笑いが漏れた。



「ハハ・・・だって君があんまり面白いことを言いだすから。」

「ひっで〜お前にもご利益をおすそ分けしてやろうと思ったのに。」

膨れ面を見せる進藤に僕は謝った。

「ごめん。ごめん。でも君の曽祖父って確か進藤家ではじめてプロ棋士
になって全タイトルを制覇された方だろう。」

「へ〜お前良く知ってるな。」

知ってるも何も彼と僕の曽祖父こそが今の碁界の基礎を作ったと言われる
程の人で碁打ちなら誰でも知ってるはずだ。


しかもその当時から進藤家と塔矢家はお互い本因坊家、名人家と
言われるほどライバル視されていた。ずっと互いが本因坊と名人を代々
居座り続けてきたわけではないのだが、なぜだかそういう風に
言われるようになったのはお互いの曽祖父のゆえんだろう。


「じゃあ君のお爺様やそのまたお爺様も打った碁盤なんだね。」

碁の神様うんぬんにかかわらずそう思うとなんだか神聖なかんじがした。

「それだけじゃないんだぜ。お前の爺ちゃんやその爺ちゃんも打った碁盤
なんだからな。」

自信たっぷりにいう彼を僕は驚いて見つめた。

「それ本当!?」

「うん。俺の曾じいちゃんとお前の曾じいちゃんすげえ仲がよかったらしいぜ。
よくこの碁盤で二人で打ってたってじいちゃんが言ってたもん。」

初耳だった。お互いの曽祖父が仲が良かったなんて。

「そうなんだ・・・」

僕の亡くなった祖父や曽祖父も打った碁盤。

「なんだか君と僕との縁(えにし)を感じるね。」

「えにしって?」

「何っていうのかな、本因坊家と名人家の昔からの因縁とでもいうのかな」

「それならわかる気がする。いつか俺とお前も爺ちゃんたちみたいに
名勝負を残せるようになりたいな。」





「それじゃあ進藤どっちに碁の神様が勝敗を与えるか勝負しよう。」

「やってやるぜ!」



だが、この対局の行方はその後碁盤のみぞ知る事になる。





対局途中で僕はふと時間が気になり部屋を見上げた。
案の定8時半を回っている。

「進藤。進藤」

「次は塔矢の番だろ!?」

あまりに集中している彼は僕の言葉に耳を貸さない。

「違うって!8時半回ってる。」

「ええっと?ええ!!」

ようなく進藤も我に帰った。
8時30分から学校の授業が始まるのだ。


「やっべ〜ってせっかくいい所だったのに・・・」

「この続きは授業が終わってからにしよう。」

「そうだな。」

碁盤の石が動かないように二人で動かすとパソコンとモニターに
電源を入れた。

進藤が自分のIDナンバーを入力すると先生からの確認が入った。


「進藤くん。10分遅刻よ。」

「すみません。それから今日は塔矢も俺と一緒に授業受けるから、」

先生の確認がもう一度入り僕もナンバーを入力する。
これで授業開始の準備ができた。



算数の授業は進藤はかなり苦手らしく、さっきからずっとうなっている。


「えっとう〜ん。」

「随分悩んでるみたいだけど。」

「塔矢は出来たの?」

「うん。応用問題も出来たから今から入力するけど。」

「すげえ〜なあ答え見せて!!」

「それじゃあ進藤の勉強にならないだろ。」

「塔矢のケチ!」


随分な言われようにむっとしたが、
進藤のノートには何度も計算して消したあとが残っていて
僕はその努力を認めることにした。


「進藤分母を合わせるところまではあってるよ。ここはこうして・・・」


ひとつづつこなせば進藤の飲み込みはけっして悪くない。
ちょっとつまずいてるだけだとわかる。

「お前すごいな。」

全部解けた進藤に褒められて照れくさくなって笑った。
二人で答えを入力した所で丁度お昼の休憩時間になった。



「塔矢 お前お昼は?」

「おかあさんがお弁当を持たせてくれたよ。」

「そっか。じゃあちょっと待ってて・・・」

進藤はそういって1階に降りると自分もお弁当を
持って上がってきた。


「塔矢3階に上がろうぜ!!」

「うん」

彼について上がった3階は広い屋上のスペースを利用した
庭だった。外に庭を作れなくて最近こういった庭は非常に増えたが
進藤の家のそれはかなり手が入れられていた。



芝生が前面に敷き詰められて3分の1はテラス風にそれ以外は
多目的スペースなっていた。



大きなガラス張りの天井はもちらん紫外線をカットするもので
開閉式の全天候らしい。日の日差しの中、思わず両腕で伸びをする。

「気持ちいいね。」

「だろ!?ここで 親父の門下生たちとよくバーべキューしたりハーフバスケット
したりするんだぜ。」

「これだけ広いと出来るだろうな。」

二人で日光浴を楽しみながら芝生に座って弁当を取る。

「ずっとこうしてても良いぐらいだよな。」

「僕もそう思うよ。」

そう返事して彼の横顔を盗み見た。日差しに当たった彼の前髪と笑顔
が眩しい。ずっと彼とこうして居ても本当にいいと思う。このまま二人で
碁を打って、笑って、怒って、ずっと同じ時間を共有していたいほど
僕は彼に惹かれていた。




階段から進藤のおかあさんが顔を覗かした。

「あらっ!やっぱりここにいたのね。お茶と食後のデザートを持ってきた
わよ。」

「ありがとうございます。」

「うわ〜うまそう。タルトじゃん。」

「テーブルの上において置くわね。それからあんまりのんびりしすぎて
お昼の授業に遅れないように。」

朝二人が授業に遅れてしまった事をどうやら彼女は知っているようだ。

「はい。」

「それから昼からの授業が終わったら1階に下りていらっしゃい。
お父さんも貴方たちの仲間に入れて欲しいようよ。」

クスリと笑いながらいう彼女に進藤が膨れっ面を見せた。

「かあさん。とうさん何とかしてくれよ。もう俺にべたべたして、
遊びたいんなら一人で遊べって。」

「この間まではお父さん お父さんってべったりしてたのに。
何だか最近冷たいわね。」

言葉に詰まった進藤が顔を真っ赤にする。

「それじゃあまたね。」

そういって階段を下りていった彼女を二人で見送った。




「君はお父さんと仲がいいんだな。」

「仲がいいっていうのか何っていうか あんなで俺の師匠のつもり
なんだから呆れるだろ。」

僕も父とは親子であると同時に師弟関係だが、進藤と彼の父の
ように互いが気が許せる関係ではない。

父は尊敬してるし大好きだけど近づきがたくて、自分には近いようで
遠い存在だ。
僕はいつも父に少しでも近づきたくて認めてもらいたくて必死なのに
父はほとんど褒めてくれる事も励みの言葉もくれた事はない。

「なあ、塔矢 お前は親父とさ、どんな感じなの?やっぱ師弟関係
なんだろ?」

「うん。他の門下生の手前もあって親子って立場より師弟
として接する方が多い気がするけれど。」

自分に言い訳するようにそう言った。きっと進藤はお父さんと
思ったことを何でも話せるような関係なのだろと思うとなんだか
羨ましく思った。






2人の時間、遠い意識の中で電話の音がしていた。

     
      


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8話