子供囲碁大会のあったその日の夜 ホンの一言のメッセージと共に
進藤からアドレスが送られてきた。
『塔矢と対局するの楽しみにしてる。進藤 ヒカル 』
そのメールを僕は何度となくたどる。何度見たって変わる事
などありえないのに・・・
考えあぐねた末、ようやく思いついた返信は進藤に負けず
劣らず短い文だった。
『 月曜日に PANネットで。 塔矢 アキラ 』
月曜日、僕は学校の授業が終えるや否や急いでPANネットJrに
接続していた。対局場の中にSAIの名を見つけると僕は彼の対戦
成績をクリックした。
ランクはS A(スペシャルA)ランク 対局回数は
5000回を超えていた。そのうち負けた対局は22回。
彼でも負けることがあるのだと思うと僕は苦笑した。
対局申し込みしようとしたらすでに彼は対局中でやむなく
彼の対局を観戦する。
対戦相手を見るとKENTA。
ケンタ・・・・ おそらくあの時居た彼の教え子だ。
進藤は決して無理に勝ちにいこうとはしない。彼に正しい道
を導くように間違えないように先導しているようだ。
進藤の対局を観戦中 何度も対局を申し込まれたが僕はどれも
断った。どうしてもこの対局から目が離せなかったのだ。
なぜこれ程までに綺麗に打てるのだろう。まるで石に意志でも
あるように流れるように白と黒が織り成す空間はうつくしかった。
僕は嫉妬にも似た想いが募った。彼とすぐにでも打ちたい。
なぜ今かれが打ってるのは僕ではないのだろう。
強い想い。僕は彼と出会ってからどうかしている。
進藤がKENTAとの対局を終えたあと僕はすばやく彼に
対局を申し込んだ。彼は僕の申し込みを受け入れた。
持ち時間は45分の早碁でその対局に勝ったのは僕の方だった。
進藤の負けが23回になって。
すぐにチャットが流れてきた。
それは進藤からのものではなかった。
>すごい!!先生を負かすなんて。 TUKASA
進藤の教え子だ。僕は悩んだ末「ありがとう」ととりあえず送信する。
>この間先生と一緒に居た人でしょ? MARI
知らない名だが、この子もおそらく進藤の教え子なのだろう。
>そうそう。アキラは俺のライバルなんだぜ。 SAI
進藤にライバルと呼ばれた事で僕はうれしさがこみ上げる。
だが、それだけで満足できない想いがここにある。
こうやって打っても彼の周りには彼の教え子たちが居る。
それは彼の仕事であり仕方のないことだとしても僕は
もっと彼を独占したいと思ってしまうのだ。
僕はその後自分の理解できない感情に苛立ちネット碁を切断
した。
僕はどうしてしまったんだろう。
彼と打っているときの高揚感は消え空しい気持ちだけが残っていた。
それから毎週 何度となくネットで彼と対局した。
お互い勝ったり負けたりを繰り返し、
彼と対局している時間はあっという間に過ぎていく。
僕はもう、ネット碁だけではとてもがまんが出来なくなって
しまって彼にチャットで持ちかけた。
>今度君に会って直接対局がしたい。 AKIRA
>いいぜ。お前うちに来るか? SAI
その言葉がどれだけうれしかっただろう。
>いいの? AKIRA
>ああ。明日来いよ。SAI
>明日は学校があるけど・・・AKIRA
>なんで、俺もお前も5年じゃん。一緒に授業受ければいいだろ。SAI
そっか。そういう事も出来るのかと僕は納得した。
彼の誘いはうれしかった。父も明日は昼過ぎまで帰ってこない。
僕は好都合とばかりに彼との約束を交わした。
その後、彼から届いたメールには、
彼の住所と共にメッセージがこめられていた。
【うちは朝 早くても気にしないから。日が明けてから1時間以内には
こいよ。もし家から遠かったら親父に迎えにいってもらうから。】
進藤
ヒカル
返信メール
【大丈夫だよ。今、調べたけれど僕の家から自転車で30分ぐらいだ。
早朝になってご家族にご迷惑を掛けるけどよろしく伝えてください。】
塔矢
アキラ
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