番外編 
一緒に暮らそう 20





すみません。(汗)
20話いきなしアキラくん視点になってます~。




その日はクリスマスイブだった。
北京も日本ほどではないが街がクリスマス一色にデコレーションされていた。


気持ちはすでに日本へと、君のもとに飛んでいた。

こちらにいる間に彼は名人位挑戦者を決めていた。
それはどれほどこの僕の心を躍らせたろうか?


日中戦で1敗を期していたがその後逆転できたのは
このニュースを聞いたからかもしれない。
負けるわけにはいかなかった。



この10日間僕は一度もヒカルに連絡を入れなかった。
それは彼もそうだった。
気持ちはお互い伝わってる・・・傍にあると
感じていた。
だから言葉もメールもいらなかった。



北京から乗るはずだった飛行機のトラブルで離陸の目途が
たたなくなって僕は初めてヒカルにメールを打った。
それは簡素なものだった。

『飛行機のトラブルで離陸が遅れてる。帰宅が遅くなるかもしれない。』

帰ってきた返信も負けず劣らず短かかった。

『ああ、待ってる。』






結局空港でそれから5時間も待って僕が帰宅したのは日も変わった深夜に
なっていた。

彼の部屋を通り過ぎ自身の部屋に入る。
真っ暗な部屋に僕は長旅の疲れから溜息をついた。

どこかで期待していた。
ひょっとしたらこの部屋にヒカルがいるかもしれない。と

自分から訪問してもいいのだが、流石にこの
時間では躊躇した。
すぐにでも飛んで行きたい気持ちを押し留めた。





簡単に片づけも入浴も済ませてベッドに入る前に僕は引出に入れていた
和谷くんにもらったアルバムを開いた。


そこには少年から大人へと変わっていった彼がいた。

豊かな表情をくるくると変えていた中学生になった頃の写真には
不思議とヒカルの傍に見えない佐為の存在があった。
佐為の容姿すら僕にはわからないのに・・・。


先日このアルバムを見ていたヒカルは僕の見えない何かを
見ていた。
それが苦しくないと言えば嘘になるだろう・・・けれど。

佐為は僕たちを引き合わせるために存在し、僕をヒカルを導いたのだと思う。
今までも、この先も・・・。

僕は壁を隔てた向こうで眠っていうのであろう君を想ってアルバムを閉じた。




ベッドに横になると疲れで自然と睡魔に襲われた。
どれぐらい経ったろう。

意識の外でベランダが開いて外部の騒音と冷気が微かに漏れる気配を感じた。
その後、微かにカーテンを引きずる音。

熟睡していた意識が覚醒したのは部屋に侵入した相手を瞬時に理解したからだ。


『まさかベランダから入ってきたのか?』


僕の部屋のベランダと隣のヒカルの部屋のベランダは繋がっていた。
とはいえ、高い壁があって、そこから侵入するにはよじ登らなければ
ならないし上との隙間もそれほどあるわけではない。
それにベランダから入室したということは・・・。

確かに僕は遠征に出る前に戸締りしたはずだった。
おそらくこれを見越して事前に準備していたのだろう。


彼らしい気がして、僕は寝たふりを決め込んで様子を伺った。
ベッド脇まできて一端立ち止まった彼はサイドテーブルに何かを置くと
すぐにベランダに向かおうとしたが僕の机の前で足を止めた。

寝返りを打たないと彼の様子をみることができなかったが僕はそのまま
気配で彼を伺った。

僕はこの時アルバムを直し忘れていたことを思い出した。
思ったとおりヒカルはアルバムを手に取ったようだった。

机の照明もつけずにアルバムの写真がはっきり見えたとは思えないが
ヒカルはしばらく写真をみていた。

そうしてまたベランダから出ていこうとした彼を僕は呼び止めた。


「サンタクロースのつもりかい?」

彼は驚いたのかそのまま足も止めずベランダへ飛び出た。

「待って、」

慌てて僕はベッドから起き上がりベランダに出た。外の冷気に体がぶるっと震える。
僕は思った通り壁をよじ登ろうとしていたヒカルの腕を捕らえた。

そして背後から抱きしめた。
温かな確かなぬくもりを噛みしめたかった。



「塔矢、日中戦おめでとうな。」

「ありがとう。君が挑戦者になったと聞いて負けていられないと思った。



・・・・・・会いたかった。」

「だったらお前から部屋に来いよ。」

「待っててくれたの?」

「当たり前だろ、」

「遅くなったから迷惑だろうと思ったんだ。でも君から来てくれた。」

ヒカルが息をのんだのがわかった。
背後から抱きしめたまま僕は頭をもたげた。
触れたヒカルの指が冷たくなっていた。



「・・・部屋に戻らないか。」

わずかにヒカルの体が戦慄いた。
その言葉が意味するものをヒカルは感じていたのだろう。

「今日は・・・見逃してくれねえか?」

震える彼の声に心が揺さぶられた。

「君がそう望むのなら。けれど君はある程度覚悟して僕の部屋にきたんじゃないのか?」

「ああ、まあ、それは・・・。」

言いかけて彼は困ったように口をつぐんだ。


「明日の朝まで一緒にいたいんだ。」


僕はヒカルが隣に越してきてからこの言葉をずっと飲み込んできた。
彼もまたそうだったと僕は思ってる。
別れ間際になるとヒカルはいつも言葉を探してた。


ヒカルは。それに小さくうなづいた。

ベランダから寝室を通り抜けてリビングの電気をつけるとヒカルが「うわって」
声を上げた。


「どうかした?」

「いや、服が・・・。汚れた。」

慌てて叩こうとする彼に苦笑した。

ヒカルの黒のジャージは白い埃だらけになってた。
ベランダからよじ登ってきたのだから当然かもしれない。

「僕の衣類と一緒でよかったら洗濯しよう。」

バツが悪そうにジャージを脱いだがスウェットも少し汚れていた。

「よかったら貸そうか?」

「いやそれは流石に・・・。」

僕は笑った。

ヒカルは中にTシャツしか着てなかった。暖房を入れて
僕は毛布を彼の肩にかけた。

「寒かっただろう。何か飲む?」

「えっと・・・いや、オレはいい。」

立ち上がりかけて僕はヒカルの隣に座った。
そしてそっとその手を握った。



震えるヒカルの手を指にそのまま僕は求めてしまいそうになるのを精一杯で
抑えた。



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