白と黒 番外編 一緒に暮らそう 19 オレたちが対局を終えた時には和谷と伊角の片付けは終わってた。 「お前らいつもこんな対局してるのか?」 和谷と伊角が対局を観戦してたことにオレは気づかなかった。 「ああ、進藤は打ちだしたら時間を厭わないから。明け方までなんてことも あるかな。」 苦笑する塔矢にオレは口を尖らせた。 「なんか塔矢には負けたくねえっていうかさ。それになんかもう時間が惜しいっていうか」 和谷が頷いた。 「そうだよな。そうやってお前ら上を目指してきたんだもんな。 オレらも負けられねえな。ほら、コーヒー入ったぜ。お前らが対局終えるのを まって淹れたんだからな。」 「おっありがとう。和谷ついでに冷蔵庫からケーキ取ってくれねえ。」 「あいよ。」 碁石を片付けながらオレは塔矢に言い訳のように言った。 「今日お前の誕生日だろ、何かしてやりたいって思ったんだけど・・・。 オレこんなことしか思いつかなくて。」 「いいや、ありがとう。」 塔矢が言ったのはその一言だけだったけれどオレは照れ臭くなって立ち上がった。 「えっとロウソクもらったんだ。」 ケーキの箱を持ってきた和谷が笑った。 「なんかやっぱオレらは邪魔だよな。」 「進藤一人だと照れ臭いからオレたち呼ばれたんだろう?」 「もう冷やかしはいいよ。それより食おうぜ。」 箱を開けると色とりどりのフルーツの載ったケーキの上に 「アキラ、誕生日おめでとう」のプレートが載ってた。 その上に21本のロウソクをオレは載せた。 「伊角さんあれ塔矢に渡した方がいいんじゃないか?」 「ああ、オレもそう思ってたんだ。」 小声で話す二人の会話はこの時オレにはわからなかった。 部屋の電気を消してロウソクに火を灯す。 ゆらゆら揺れる火が神聖な儀式のようで・・・。 照れ臭かったけれどオレが調子はずれの声で歌うと 和谷と伊角さんも一緒に歌ってくれた。 ホンの数か月前までオレはこんな日が戻ってくるなんて思いもしなかった。。 ずっと一緒だと思ってた佐為が消えてしまった時後悔した時にも・・・。 先のことなんて誰にもわからない。明日でさえも。 だから『今』を大事にしたいと強く思う。 なぜだかわからないけれど泣き出しそうになった。 あふれ出しそうになった涙を鼻ですすった。 暗がりで表情が見えなかったのはよかったかもしれない。 歌い終わった後、塔矢がロウソクの火を一気に吹き消した。 「塔矢、誕生日おめでとう!!」 オレが電気をつけると和谷がA5サイズの箱を紙袋から取り出した。 「塔矢、よかったらこれもらってくれねえ?」 「え?僕に。」 「誕生日なんて知らなかったからそのままだけどな。それからこっちは 進藤に。引っ越し祝いな。」 オレは紙袋ごとプレゼントをもらった。 「ありがとう。気を使わせちまってごめんな。」 もらった紙袋は結構重さがあった。 開けてみるとペア食器だった。 「えっと・・・・。」 「塔矢とお揃いで使うだろう。まさにどんピシャだったな。、」 改めて言われると照れ臭かった。 「ありがとう。大事に使うな。所で塔矢のプレゼントってなんだったんだ?」 「あはは・・・それはだな・・・。」 塔矢が苦笑しながらそれを見ていた。 覗きこんだオレは真っ赤になった。 「オレの写真?」 それは先日のパーティの時のものだった。 「いや、正確にはお前と塔矢のだなあ・・・。」 「ちょ・・塔矢見せろって。」 「おいおい、塔矢にプレゼントしたものだぜ。」 オレは塔矢からそれを取り上げると最初からページをめくった。 「うっ・・・。」 最初のページはオレが院生になったばかりの頃の写真が並んでた。 あの雪の日、塔矢が新初段で座間王座と打った時のものもあった。 写真は対局中のもあれば、プロになって仕事を始めたころの写真もあった。 この写真なんていつぞやの泊まりの時の? オレ腹だして・・・・寝てるし。 映ってはいないのにオレの傍には佐為の姿があった。 表情やあの時話した会話も鮮明に蘇えってくる。 この頃のオレの写真はどれをみても佐為の姿があった。 和谷たちがいたから感傷に浸ることもできなかったけれど、 オレは佐為にそっと触れて心の中で言ってやった。 『お前こんな所にいたんだな』って。 塔矢と付き合いだしたころの写真もあった。 こうやって見るとオレも塔矢もあの頃はまだ子供っぽさが残ってた。 一体いつ撮ったんだっていうようなものばかりだった。 恥ずかしさが募ったがオレはページをめくって行った。 最後まで来てオレは写真を破ってしまいたい衝動に駆られた。 この間のパーティで女装させられた時の・・・。 まさか写真を撮られてたとか・・・。 「こんな写真何時の間に撮ったんだ。処分してやる!!」 オレの手がぷるぷると震えてることに気づいた和谷が苦笑した。 「おいおい、いい写真だろ?特に最後の写真は伊角さんが撮ったんだぜ」 和谷が指摘した写真にはあの時の塔矢とオレが並んで映ってた。 オレの恥じらったしぐさと塔矢の優しい表情が目についた。 しかもご丁寧に腕まで組んでる。 「お前本当にあの時綺麗だったからなあ。」 「やっぱり和谷と伊角さんにも女装させればよかった!!」 「いやもう罰ゲームやったし。それにほらケーキ食わねえととけるぜ?」 「和谷誤魔化すな、」 オレが怒鳴ると和谷が目ざとく写真をオレから取り上げた。 「和谷何すんだよ。」 「これは塔矢にあげたものだぜ。」 「返せよ、オレの写真だろ!!」 「塔矢の写真もあっただろ?」 和谷は塔矢に写真を返すとほくそ笑んだ。 「塔矢、もし進藤に処分されたり取られたらオレに言えよ。ちゃんとPCにデータ 残してるからな。」 「ええまあ、その時は・・・。」 塔矢はオレに気を使ったのか語尾を濁した。 オレはもう怒る気力もなくして盛大な溜息を吐いた。 そろそろ帰るという和谷と伊角さんに塔矢も立ち上がった。 「だったら僕もそろそろお暇するよ。明日から遠征だし、」 和谷は目を丸くした。 「塔矢は中国だっけ?」 「ええ。10日ほど向こうに・・・。」 和谷と伊角が目くばせした。 「だったらオレらはここらで。進藤今日はありがとうな。また 呼んでくれよ。」 「ああ、いつでもこいよ?」 玄関まで見送りに行った時、和谷は後ろにいた塔矢に何か囁いたようだったが それは聞こえなかった。 「じゃあな。」 そう言った和谷は伊角の手を引くと塔矢が後からついて出る前に 扉をバタンと閉めてしまった。 目の前で扉がしまって塔矢は困惑したようだった。 「あいつら本当に引っ掻き回すだけ回しやがって・・・。」 急に二人にされたことで照れ臭くなったのと塔矢の気持ちを察して頭を掻いた。 「和谷のやつに何言われたのか知らねえけど気にすんなよ。」 そういうと塔矢はまっすぐオレを見た。 「和谷くんは『邪魔して悪かった』『オレたちは退散するからさっきの続きしろよ。』 って言ったんだ。」 臆面もなく塔矢はそういった。 「あ、あいつ。」 顔が真っ赤になる。 「でも、それは預けておく。」 「ああ。」 塔矢は明日から遠征で大事な対局を控えてる。 代表というのは国を背負ってるんだ。 そのプレッシャーはオレもよく知っていた。 気の利いた言葉が思い浮かばなくてオレは 塔矢に軽くキスした。 「帰ってきた時には君が僕の挑戦者になってることを願ってる。」 「ああ、本因坊だけじゃなく、名人位もお前から奪ってやるよ。」 憎まれ口を叩いたのにアキラは苦笑した。 そうしてオレたちはもう1度互いを求めて長いキスをした。 20話へ
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