白と黒 番外編 一緒に暮らそう 16 「こんばんわ」 待つこと数分、現れた待ち人にオレは少なからずほっとした。 「さっきは塔矢ありがとうな。」 「いえ、」 伊角が笑顔だが和谷はぎこちなく視線をそらした。 塔矢は帰ってきたばかりで気づいていないだろうが部屋には 重苦しい空気が流れていた。 「それにしてもオレの知らねえ間にえらいことになってるじゃねえか。」 和谷は伊角に解せず塔矢に話しかけた。 「僕も驚いてるんです。進藤が突然ここに越してきて。」 「そうなのか?やっぱ押しかけたんだ。進藤やるじゃねえか。」 「ああ、もう和谷からかうのはいいよ。それより塔矢、ちょっと・・・。」 オレは塔矢を手招きした。 「支度を手伝った方がいい?」 オレはゼスチャーで違う違うと手を振った後、和谷と伊角を見た。 「和谷、伊角さん、二人で話し合った方がいいだろ? オレたち退散するからさ。」 「そんなのいいよ。」 和谷は余計なお世話だと言わんばかりだった。 「そういうわけにいかねえだろ。 オレたちに歩み寄って話をした方がいいって言ったのお前らだろ。 時間なんて気にしなくていいからさ。ゆっくり納得いくまで話し合えよ。」 オレは塔矢の腕をひっぱった。 要領を得ない塔矢はわからないながら頷いた。 オレは塔矢を急かすようにさっさと部屋を出た。 ドアを開けた瞬間外気に寒さを感じたが、今更上着を取りに行くのも 気が引けた。 塔矢を引っ張ってマンションの踊り場で立ち止まった。 「ごめん、塔矢。あいつらちょっとあったみたいでさ、」 先ほどのやり取りで塔矢もそれなりに察したらしい。 「喧嘩でもしたの?」 「ああ」 「それで進藤これからどうするの?」 「そうだな。二人でブラブラ時間潰すか。喫茶店とか買い物・・・って」 言いかけてオレはハッとした。 「オレ財布も携帯も部屋だ!!」 やっぱり取りに帰るべきだろうか。 悩むオレに塔矢が苦笑した。 「なら今から僕の部屋にこないか?」 塔矢の突然の誘いにオレは赤面した。 「えっええ!?」 「君はこの寒さなのに上着も着てないじゃないか。」 塔矢の言う通りではあるのだが。 「いや、けどお前の部屋は・・・。」 「そんなに警戒しなくていい。今日のは不可抗力ということにしておくから。」 暗に何もしないと言われても抵抗があった。 「えっと。」 それでも渋るオレに塔矢が言った。 「僕も携帯も財布も持ってきていないんだ。どちらにせよ部屋に は一度戻らないと。 和谷くんたちから連絡があるかもしれないだろう。」 オレはしぶしぶ頷いた。 「わかった。とりあえずお前の部屋に行くか。」 もう1度オレの部屋の前を通り越して塔矢の部屋まで戻った。 鍵を開けた塔矢の後について部屋に入ると、まるであの頃にタイムスリップして しまったように感情がざわついた。いや、思い出したのだ。 あの日の事を・・・。 何も変わっていない。変わったと言えばカーテンの色合いが少し変わった ぐらいだろうか。 玄関もリビングもキッチンもここからもは見えないけれどおそらく寝室も 変わってないのだろう。 足を止めたオレに塔矢が声をかけた。 「進藤?」 「ああ、お前の部屋変わんねえのな。」 「大丈夫?」 塔矢がどうしてそんなことを言ったのかわからなかった。 「何が?」 「いや、君がこの部屋に来ないのには他にもわけがあるんじゃないかと思って。」 塔矢は察しがいい。オレは小さく頷いた。 「実はオレ自分の部屋初めて入った時もちっと足すくんだ。お前の部屋に似てたからさ。 オレの荷物入れたら気にならなくなったけど。」 「君が出て行った日のことを思い出すと僕も立ちすくむことがある。 あの日僕は君を抱きしめることが出来なかった。 「愛してる」と言えなかったことをずっと後悔していた。 でも今ここに君がいるのはあの頃があって、今までの僕らがあったからだと 思ってる。 たぶん僕は自分を諌めるためにここで暮らし続けてきたんだ。」 「そっか。あの頃のオレたちを超えねえとな。」 塔矢が頷いた。 「進藤、僕の居ない時に部屋に来てもいいんだよ。」 「・・・夜中とかお前が寝てる時・・・・。」 言いかけてオレは何を言ってるんだと顔を真っ赤にした。 「いや、やっぱいい。」 塔矢はオレの肩を軽く抱きしめた。 「いつだって来ていい。 ただその時僕は自身を制する自信がない。」 抱きしめられながらオレは思った。 もういいんだって。構わねえ。 オレはこんなにも強く塔矢を求めてる。 「あのな、塔矢・・・。」 言いかけた言葉にオレは躊躇した。 和谷と伊角さんがこんな時なのに・・・という後ろめたさもどこかにあった。 塔矢はオレの肩から腕を外してほほ笑んだ。 「立ち話もなんだから。座ったら。」 「ああ。」 「何か飲む?」 「いや、和谷とさっきコーヒー飲んだし。」 塔矢と向かいあうようにソファに腰かけた。 「それにしてもあいつらが喧嘩なんて珍しいよな?」 「君は二人の喧嘩の原因を知ってるんじゃないの?」 「理由は聞いたけどな。よくわかんねえよ。 そういえば塔矢ここに伊角さんと一緒に来たんだろ。 伊角さん変わったことなかったか?」 「今にして思えば。あったかもしれないな。」 「どんなこと?」 「君とのことを聞かれたんだ。生涯伴侶として生きていく覚悟があるのか。って」 オレは赤面した。 それにどう塔矢が応えたのか気になったがなんとなく聞かなくてもわかる気がした。 オレは咳払いして誤魔化した。 「えっと。そっか、オレもなんとなくあいつらの喧嘩の原因が分かった気がするかも。」 そのあとの会話が途切れる。 そうなるとどうしていいかわからなくなってしまうのだ。 「えっと・・・。」「進藤・・・。」 何か話さないといけないと思って声を掛けたら塔矢とかぶった。 塔矢がそれに苦笑した。 「僕から話してもいいだろうか?」 オレは頷いた。 「君がここに来てからずっと言おうと思ってたんだ。でもタイミングが計れなくて。」 改まって言われると緊張した。 「君はここに越してくる前に両親に僕の話をしただろう。」 オレははっとした。 「何でそんなことお前が知ってんだよ?」 オレは声を荒げた。 そうオレはここに越す前両親に塔矢のことを告白した。 好きな奴がいること。そしてそれが塔矢だってことも。 オレはすげえ親不孝をしてしまうかもしれない・・・と。 当然父さんにはひどく怒られた。母さんは泣いていたし。 それでも一人暮らしは認めてくれた。 『もう20才を過ぎた大人だしオレが決めたことならしょうがないって。 けれど親として認めるわけにいかない』って。 「母さんが君のご両親から電話があったって。」 「えええ!?」 初耳だった。 「ごめん、オレお前に迷惑掛けちまって。」 「いいや、迷惑なんて思ってないよ。嬉しかったぐらいだ。 けれど僕は君のご両親に・・・何と言っていいかわからなくて。」 「そんなのオレだって同じだろ。明子さんや先生に・・・申し訳ねえっていうか。」 「僕の事は気にしなくていいよ。母は知ってる。」 「知ってるって?」 オレは驚いた。塔矢もオレのことを話したんだろうか? 「お父さんが亡くなる前に母さんに言い残したんだ。 『アキラの親不孝を許してやって欲しい』って。 母さんに君のことを告白した時『いつ話してくれるのかずっと待ってた』なんて 言われて流石に焦ったよ。」 オレは言葉に詰まった。 「塔矢・・・先生。」 『君とアキラには、その身がある。お互いが存在する意味を君たち二人で出せば いい。』 先生と最後に交わした言葉をオレは拳といっしょに握りしめた。 「ごめん。オレ・・・。」 涙が零れ落ちそうだった。 17話へ
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