番外編 
一緒に暮らそう 9





オレは思いっきり溜息を吐くとソファに沈み込んだ。

「やられたな。」

「僕はこういう機会をもらえたことを感謝するけれど。」

「お前なあ。」

オレは呆れてもう1度溜息をもらした。
大体塔矢と二人で一晩過ごすって・・・・。
オレは改めてこの状況に直面して

困っているのか期待してるのか。
自分でもわからなかった。


「そうだ、塔矢夜も長いし打とうぜ。」

なんとかこの夜を乗り切るためにはそれが一番の打開策
であることは間違いなかった。

オレは部屋を見回した。

「そういや部屋にあった碁盤は?」

ペア碁を打った時に使った碁盤だ。

「ああ、あれはホテルの備品で。ロビーに返したよ。」

「そっか、」

何かあればロビーに行って欲しいと言ってた伊角さんのお父さんの言葉を思い出した
がオレは携帯碁盤を持って来ていた。

オレは鞄を取りに立ち上がった。

「携帯碁盤でもいいよな?」

だが鞄を持ち上げたオレは不審に思った。
軽すぎるのだ。携帯とはいえ碁盤はそれなりの重さがある。
なのに鞄はほとんど重さがなかった。

慌てて開けたオレは顔をしかめた。

思った通り碁盤はない。確かに来るときに入れたし
ここまでくる間それなりの重さがあったのだ。

鞄の中をかき回してみると1枚のメモ用紙が出てきた。
広げるとまたしてもくせのある和谷の字が広がってた。

【碁盤は預かっていくぜ。ホテルに借りるってもなしな。逃げんじゃねえぜ。】

「あいつ・・・。」

「進藤どうかした?」

「どうもこうもねえよ。和谷のやつ。」

オレは怒鳴ってその紙も塔矢に手渡した。

「和谷くん随分こだわってるね。」

「たくだよ・・。」

しかも『ホテルに借りるな』っと釘さしてる。となると
借りるに借りれない。別にそんなこと気にしなければいいのだろうが。


「けど、オレらを誰だと思ってるんだ。目隠し碁だって出来るんだぜ?」

「目隠し碁は流石に。」

渋った塔矢にオレは焦った。

「だったら紙とえんぴつで。」

塔矢が笑った。

「碁もいいんだけど、せっかく和谷くんたちがくれた機会だから
少し話をしないか?とりあえず座ったら、何か入れよう。」

まるでオレの内心を見てとっているようだった。
オレは気まずくなってソファに腰を下ろした。

交代するように塔矢が立ち上がりキッチンキャビネットの中に入っていった。

「何にする?」

「何があるんだ?」

「いろいろあるよ。アルコールだったら日本酒にビール、カクテル、ワインに
ウィスキーにブランデーバーボン・・・。。」

そんなにあったら逆にめんどくさかった。

「あ~だったらビールにする。お前は?」

「少し付き合うよ。」


明日は仕事だからと塔矢は前置きした。
塔矢はグラスとつまみのスナック菓子を持ってきてテーブルに置くとオレとは
向かい側のソファに腰かけた。

そうしてなみなみと注がれたビールを傾けた。

「進藤改めて、本因坊のタイトル獲得おめでとう!!」

オレは苦笑した。

「なんかお前に言われるとすげえ複雑なんだけど。」

「僕も複雑だよ。」

「だったら言うなよ。」

顔を見合わせて笑ったあと、ビールを飲み交わした。

「それにしたも君があんな風に佐為の話をするとは思わなかった。」

「あいつのこと知ってもらういい機会なんじゃねえかって。
ネットの亡霊棋士として語り継がれてくだけじゃなくて。」

「うん、saiの名は語り継がれていくだろう。世代を超えて・・・。」

「千年前も秀策の時代もあいつは名は残ってねえから。
棋譜はあれだけ残ってるのにな・・・。」

「僕ももう1度彼と打ちたかった。」

「ごめん。」

「君が謝ることじゃないだろう。
これ以上留まることはできなかったんだ。佐為も・・・父さんも。
今頃は二人向こうで歴代の碁打ちたちと打っているかもしれない。」

「ああ。」

そうだったらいいなとオレは思った。
なんとなくしめっぽくなってオレはグラスのビールを一気に飲み干した。


「けど、なんであんな質問ばっかだったんだろ。」

オレは盛大に溜息をついた。

「あれは僕でも困ったろうな。」

オレは質問を思い出して顔を赤くした。
ファーストキスの相手も惚れてるやつも目の前にいる。

「ああ、もうやってられねえ。」

照れ隠しのようにもう1杯を催促すると塔矢が笑った。

「でも可愛かったよ。君のドレス姿は・・・。」

「うっ・・・。可愛いってお前どういう思考なんだ。男のオレに・・・。」

酒のせいもあるかもしれないが顔がいっきに真っ赤に火照ったようだった。
体温だって1度はあがっただろう。

「バカ野郎。忘れろ、絶対に、」

「ああ。そうだな。僕の心の中にしまっておく。」

言うに事欠いてそれはないだろうと思ったがオレはそれ以上何も言わなかった。
カラになったビールを塔矢が注ぐ。



「にしてもこのぺースで一晩飲み明かすのか?」

「逃げずに話をしないといけないんだろう?それとも肌を合わせようか?」

オレは呑みかけていたビールを吹きそうになった。

「お前な・・・冗談でもそういうのやめろよ。」

「冗談で言ってるつもりはない。
和谷くんはそういうつもりで僕たちをけしかけたと思う。
それに君には迷いがあるんじゃないか?」

「迷い・・・?」

「僕に対する気持ちにだ。」

まっすぐに射抜かれてオレは困って視線を逸らした。
塔矢のいう迷い。その通りだと思う。

「よく・・わからねえんだ。自分の気持ちが、どうしたいのか?
お前を受け入れられないわけも・・・。
理由ならいくらでもあるのにな。」

「だったら僕に抱かれてみればいい。理屈や自分への言い訳でなく・・・。」

ソファ越しから塔矢がオレを掴んで引き寄せた。
オレは首を振った。

「もうお前に流されるわけにはいかないんだ。」

あの時塔矢は流されたらいいと言った。
けれど流された自分の行先は惨めだった。
そういったのに塔矢はオレを引き寄せ強引に唇をうばった。

『やめ、』

口内でかき消された拒否の言葉。だがオレの体は動かなかった。
それはすぐに離れた。
オレは塔矢から顔を背向けた。

「やっぱり君は僕を拒まない。僕の気持ちを知っててここに残ったこともそうだ。
帰ることも出来ただろう。」

確かに和谷はこの部屋を取ったが、オレは帰ることだって出来た。
塔矢の気持ちを知ってて残ったのはオレだ。

「お前だってオレの気持ち知っててこんなことするのか?」

「君の気持ち。ああ僕への想いはプラトニックと言ったあれか?
だったら僕が今ここで君に強いたらどうするつもりだ。」

塔矢の語気が強くなる。オレは懇願した。

「塔矢頼むからやめてくれ。でないとオレのこの5年間が無駄になる。」

「この5年間を無駄になんかしない。でなければ何のために僕は君を待ったんだ。
必要だったんだ。僕たちには・・・。この5年間が。」



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