白と黒 番外編 一緒に暮らそう 8 オレが着替えを済ませて外に出ると部屋はあらかた片付けられていた。 ほっとしたのと同時に寂しさも感じてる。 「奈瀬、ドレスとサンダル 寝室に置いてる。」 どう片していいのかわからなかったからそのままにしてることを言うと奈瀬が笑った。 「進藤に似合ってたからあげるわよ。」 「いらないよ。頼むから持って帰れよ。」 あんなのもらった所で所業に困るだけだ。 俺がムキになると、奈瀬は残念そうだった。 「仕方がないわね。まあ私が預かっておくってことにするけど。またこういう機会 には持ってくるから覚悟しておいてね。」 寝室に入っていく奈瀬にオレは次は和谷で企画してやろうと思った。 でないと割に合わない。 部屋がほとんど片付いた頃合を見て伊角さんがオレに話しかけてきた。 「親父のところに部屋が片付いたって言いにいくけど進藤もきてくれないか? 出来れば挨拶っていうか一言だけでいいから礼を言ってもらえると助かるんだけど。」 「ああ、もちろんいいぜ。」 俺は先ほど和谷から事情も聞いていたので、快く返事した。 二人で部屋を抜けエレベーター前へ。 来るときにもみた景色はすっかり夜景に変わっていた。 時計を見るとすでに9時を回ってる。 32階のエレベーターを下る間他の客は乗り込んでこなかった。 「遅い時間になったけど伊角さん大丈夫?」 「ああ、部屋は今日1日借りてるから。心配しなくていいよ。」 それよりたまにはこういうのもいいだろ?」 「まあ久しぶりに会った奴もいたし。ペア碁も楽しかったけど 和谷のやつなんであんなにオレと塔矢にこだわるんだ?」 オレはため息を吐いた。 「オレたちが進藤に支えられたから。 それじゃあ答えにならないか? これでも進藤には感謝してるんだ。 進藤は塔矢ともっと話をした方がいいと思う。 お互いもっと歩み寄れないのかって俺も和谷もやきもきしてるんだ。」 その時エレベーターが1階に到着した。 「進藤にとってはおせっかいかもしれないが」 「あ、いや、その。オレの方が伊角さんと和谷に感謝してる。」 伊角さんは『進藤が支えた』と言ってくれたがオレの方が二人に 支えられてきたと思う。院生としてプロへの道を歩み始めたころからずっと・・。 佐為が消えてしまった時も、塔矢とのことがあった時も。 ただそういうのはなかなか面と向かって言うのは気恥ずかしいものだ。 「ありがとう、進藤。 前にも言ったけど、素直な気持ちを伝えることは大事だと思う。 塔矢にも伝えてやれよ。」 「ああ、もうわかったよ。」 オレは口をとがらせた。 1階の関係者以外立ち入り禁止の札を通り抜けて従業員の控え室を抜けると 立派なつくりの部屋にたどり着いた。 「多分親父はここに居ると思うんだけど。」 ノックをしてノブをまわすと 大柄の気のいいおじさんが迎え入れてくれた。 「はじめまして、進藤本因坊だね?」 「あ、はい、初めまして。進藤ヒカルです」 オレはいまだに慣れない敬語に噛みそうだった。 「挨拶に来てくれてありがとう。慎一郎から話は聞いてるよ。 私は君の大ファンだね。 君の活躍には期待してるんだ。もちろん慎一郎にも期待してるのだが・・。。」 伊角さんが苦笑しながら頭を掻いた。 「ありがとうございます。」 オレは何と言っていいかわからず礼だけ言った。こういうのは塔矢の方がずっと 慣れてる。 「今日は部屋の方を貸して頂いたと聞いてます。騒いでしまって迷惑かけたんじゃ。」 「いいや、楽しんでもらえたならよかった。 今日はゆっくりくつろいで行って欲しい。何か用があったらロビーに言いつけてくれたらいい。」 「ありがとうございます。」 何とかお礼をいうと電話が掛かってきたので伊角さんが 「親父も仕事があるだろうから」と部屋を退出した。 もと来た通路を戻りエレベーターに乗ろうとしたとき伊角さんが思い出したように言った。 「進藤悪い先に部屋に戻っててくれないか。親父にひろの事いうの忘れた。」 「ええ?ああ。」 俺が生返事を返した時にはすでにエレベーターの扉は閉まっていた。 部屋に戻って戸をノックした。 「はい、」 くぐもった塔矢の声がした後すぐに扉が開いた。 中はすっかり片付いていて塔矢一人だった。 「あれ、お前だけ?」 「ああ、みんな片付けに行ってしまって。それより君は?伊角さんと 一緒じゃなかったのか?」 「伊角さんは先にオレに部屋に戻ってろって・・・・。」 そこまで言ってオレはこの状況に不自然さを感じた。 伊角さんオレに何って言った? 『もっと塔矢と話し合った方がいい。』 『素直な気持ちを伝えろ。』とも言っていた。 ひょっとして故意に二人にされたんじゃ? 塔矢もこの状況を察したようで、オレに1枚の封書を差し出した。 「これは?」 「和谷くんに伊角さんと君が戻ってきたら渡してほしいと言われたんだ。」 オレはそれを慌てて封切った。 そこにはこの部屋のカードキーと和谷の走り書きのメモがあった。 『この部屋明日まで取ってある。進藤絶対逃げるんじゃねえぞ。 ちゃんと二人で話し合え。 プラトニックだと。ふざけんな。 塔矢が許しても俺が許さねえからな。』 俺は沈痛な思いでその走り書きを読んだ。 そしてそれをしぶしぶ塔矢に渡した。 照れ隠しもあってリビングのソファに腰を下ろすと盛大に溜息をついた。 あいつらに完全にヤラレた。 9話へ
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