番外編 
一緒に暮らそう







今日の和谷の対局相手は塔矢アキラだった。
もっとも和谷は一度もアキラに勝った試しはない。

和谷だって王座戦3次予選まで勝ちあがってきたのだ。
だが、結果は5目半足りず・・・。

勝てないのは塔矢アキラとの相性の悪さもあるのだろうが
実力の差を感じられずにはおられず和谷は唇を噛んだ。

『よい碁でしたよ。』

と記者に健闘を称えられても負け碁に変わりなく
卑屈な気持ちになる。

『認めたくなくてもこいつには勝てないんじゃねえかと感じる焦燥感。
努力だけじゃ足りないものがあるとすれば・・・。』

そんなことを一瞬でも思ってしまった和谷は表情を落とした。

対局室を出たところで観戦に来ていた伊角と出くわした。
顔を合わせ辛くて視線を逸らした。

「・・・惜しかったな。」

「いいよ。そんな慰めは・・・。オレあいつに勝つことができるんだろうか?」

「随分らしくないこと言うんだな。これからじゃないか。何度だってぶつかって
いけばいいさ。気持ちで負けてるなんて最初から投了してるようなもんだろ。
けど、今日の和谷の碁は負けてなかった。」

伊角にポンポンと肩を叩かれるとそれだけで心の中が軽くなったような気が
するのだから不思議だ。
そういうのも伊角だからだろうか。

「らしくねえか・・・・。そうだよな。ありがとう。伊角さん。」

伊角は照れ臭そうに笑った。
恋人でもこんな風に面と向かって礼など言ったことがない。
伊角は話題を変えるようにゴホンと咳払いをした。

「ところでさ、例の件・・・だけど・・・。」

「例のって進藤と塔矢の・・・?」

「ああ、今日いい機会じゃないか。」

「確かにそうだな?」

進藤と塔矢。二人は以前恋人同士だった。けれどお互い強情で負けず嫌いで
『ライバルとしての道を選ぶことで』決別した。

それでも二人が強く想い続けていることを和谷は知っていた。
本人たちは隠しているつもりだろうが
端からみているともうもどかしくなるほどのじれったさだ。

その二人が本因坊戦最終局後に一緒にいたというのは何か
進展があったかもしれない。


「塔矢とは・・・さっきすれ違ったな。」

「今なら間に合うんじゃねえ。」

「追いかけよう。」







棋院を抜けた坂で塔矢の背中に追いついた。

「塔矢!!」

背後から呼び止められ息を切らして走ってきた二人にアキラは少なからず驚いた。

「和谷くん?それに伊角さんまで。どうしたんです?」

「ちょっといいか。」

「ええ。」

怪訝なアキラに和谷は荒い息を整えた。

「お前さ、本因坊最終戦が終わった後、進藤と一緒だったよな。
携帯で尾道にいるとかって言ってたろ?」

「ああ、まあ一緒だったけど。」

「あれってどういうことだ?」

アキラは苦笑した。

「どういうって・・僕に何が聞きたいの?」

和谷の質問の後を伊角が引き継いだ。

「立ち入ったことを聞いてしまうんだが。」

伊角はそう前置きして和谷をちらっとみた。

「今塔矢は進藤とどういう付き合いをしてるのか?」

アキラは二人の顔を見比べて溜息をついた。

「まったく君たちは無粋だな。そんなことは彼に聞けばいいのに。」

「できればそうしてるさ。」

そうなのだ。仲がいいからこそ聞きにくいということもある。
特に進藤の場合は・・・。

アキラは少し間をあけてもう1度小さく溜息を漏らした。

「進藤に・・・彼にプロポーズしました。」

「ええ・・・?!」

和谷は驚きを隠すことが出来ず声を上げた。

でもそれは当然のことのようにも思えた。
きっと塔矢はずっと進藤を待っていたのだろうから。

「それで、進藤の返事は・・・。」

伊角に尋ねられてアキラは首を横に振った。

「はぐらかされた・・・と思ってます。」

「あいつ・・・。」

苦虫を噛んだように和谷は顔をしかめた。

「用件がそれだけなら失礼します。」

そう言って立ち去ろうとしたアキラを和谷が呼び止めた。

「ちょっと待てよ。塔矢。」

まだあるのかとアキラは立ち止まった。

「悪いな。嫌なこと聞いちまって。
まあ塔矢は取られちまった方で嫌かもしれねえけど、
オレたち今度進藤の本因坊タイトル祝いをするんだ。
塔矢参加できないか?」

和谷が誘った後に伊角も頼んだ。

「塔矢に来てもらいたいんだ。」

二人の懇願にアキラは何か察したようだった。

「日程の都合がついたら・・・。」

「ああ、必ずお前の都合のつく日にする。」





アキラが立ち去った後、和谷はつぶやいた。

「なあ、伊角さん塔矢のやつ進藤にはぐらかされたって言ってたけど。
はぐらかすってことは都合悪い所に触れられたってことだよな?」

「ああ。でないとはっきり断るだろう。」

「本当に進藤は意地っ張りだよな。
あいつの背中押してやんねえとな。」

塔矢のためではない。進藤のためにだ。
和谷は相当のおせっかいかもしれないと心中で苦笑した。
それでも放っておくことはできなかった。



「伊角さんこのパーティ絶対成功させようぜ。」



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白と黒の番外編です。

なかなかくっついてくれそうにないので伊角さんと和谷くんに協力してもらう
ことにしました(笑)設定ではこの二人も恋人ってことになってるんですが。
                






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