白と黒 番外編 一緒に暮らそう 2 今日は和谷と伊角さんが企画してくれたオレ、進藤ヒカルの本因坊 タイトル祝いのパーティをしてもらえることになってる。 パーティーといっても堅苦しいものじゃなくて、仲間うちで騒ぐだけなんだろうが 今日くることになってるメンバーは懐かしいやつもいて結構オレは楽しみ にしていた。 けど和谷も伊角も今日の計画をほとんどオレには教えてはくれなかった。 秘密だとかって。場所すらオレは知らされてない。 そういうのもちょっとわくわくしたりする。 あいつら何してくれるんだろな? この時にはオレはまさか今日1日が災難になるなんてことを予想していなかった。 伊角さんと自宅で約束した3時前にオレは出かける準備をしていた。 携帯碁盤に財布に携帯に・・・。 和谷のやつ普段着で良いっていってたよな? 『このまま行くか?』と着替えあぐねていたら 玄関に訪問者のチャイムがあった。 「ヒカルお客さんよ。」 「おう、伊角さん来たのか?」 「今行く!!」 声を張り上げて慌ててリュックを背負った。 階段を駆け下りている途中でオレは足を止めた。 玄関で母さんと話していたのは伊角さんじゃなくて塔矢だった。 しかも塔矢は仕事の時のようにきちんとスーツを着込んでいた。 「えええ塔矢?なんでお前がここにいるんだよ。」 足取りを緩めながら下まで降りると母さんが溜息をついた。 「ヒカル、迎えに来てくれた塔矢くんに何って口の聞き方なの。」 「だって迎えは伊角さんが来るって聞いてたし。」 だいたいオレは今日塔矢が参加することも聞いてなかった。 「っていうか塔矢、お前も今日参加するのか?お前タイトル奪られた方だろ?」 オレの質問に塔矢は苦笑した。 「まあ成り行きというか。そんなに僕の参加は予想外だっただろうか。」 「ああ、いや、まあ・・・ちょっと。」 オレと塔矢の会話を聞いていた母さんがもう1度溜息を吐いた。 「ごめんなさい。塔矢くん。」 「あ、いえ気にしてないですよ。僕はサプライズだったんでしょう。」 塔矢はいつもの営業スマイルだった。 「進藤そろそろ出ようか。4時までには会場に行く約束になってるんだ。」 「そうなのか?わかった。」 「塔矢くん、迷惑をかけるけどヒカルの事お願いね。」 オレが外に出ると家の前に目にひくブルーのセダンが停まっていた。 高級車ってわけじゃねえがオレでも名前を知ってるそれなりの車だ。 「ひょっとしてこれお前の?」 「ああ、まあ最近購入したばかりだけど。」 塔矢はそういうと真新しい車の助手席のドアを開けた。 「どうぞ、」 そのしぐさが自然でオレは面食らった。 「ええ、ああ。」 乗り込むと塔矢がドアを閉めた。 エンジンがかかり車がゆっくりと滑り出す。 塔矢は結構運転に手馴れてるようだった。 「お前何時の間に免許なんて取ったんだ?」 忙しいはずの塔矢が免許を持っていたことにも車を持っていたことにもオレには 驚きだった。 「『免許ぐらい取っとけ』って緒方さんがうるさくて。 でもいい気分転換になってる。」 「あはは・・・。緒方先生の勧めか。ってまさか今日先生もくるんじゃねえだろうな?」 戦々恐々で聞くと塔矢が笑った。 「緒方さんは来ないよ。誘われたみたいだけど。仕事で行けなくて残念だと 漏らしてた。」 「和谷のやつ緒方先生にも声かけたのか。」 オレはそれだけで溜息が出た。 なんだか色々な意味で解せない気分だ。 「それで今日はこれからどこに行くんだ。」 もういい加減教えてくれてもいいだろうと塔矢に聞くと楽しそうに声を立てた。 「いっそこのまま二人でドライブにでも行かないか?」 顔がかっと熱くなった。 乗り込んだ時から密室という意識を逸らそうとしていた。 だがそんなオレの心中も塔矢は感じていたのかもしれない。 冗談でもオレはふくれっ面をみせた。 「な、何だよ。それ・・・。」 塔矢はオレが怒っても楽しそうだった。 「会場は七星ホテルだ。」 「ええっホテル?だったらオレもスーツじゃねえと不味かったんじゃねえ?」 「いや、和谷君からそのまま連れてきてほしいと言われたんだ。 だから君は気にしなくていいよ。」 「それでホテルでどんなことをするんだよ?」 「僕も詳しくは聞いてない。ただ伊角さんのお父さんが七星ホテルの 支配人で、空部屋を安く貸してもらえたのだと和谷くんが言ってたよ。」 「そうなんだ・・・。」 オレが盛大に溜息をつくと塔矢は苦笑いした。 「今日は君のためのパーティなんだ。みんな忙しい中を縫って時間を空けて いろいろ企画を練ったのだと思う。もし僕が参加することで君に気を使わせるなら 遠慮しよう。」 先ほどからの態度でオレが気乗りしていないように感じたのだろうか。 「いや、そういうわけじゃねえんだ。ただ和谷は今日のことオレに言わなかったからさ。」 「君に純粋に楽しんでもらいたいと思ったのだろう。」 そう言った塔矢の横顔は碁盤を挟むより近く感じた。 やはり車という密室というのもあるのかもしれない。 本当は少しドキドキしてる。期待だって・・・してないと言ったら嘘になるだろう。 オレは見惚れそうになる塔矢の横顔から目を逸らした。 因島でオレは塔矢への想いを認めた。 募られた想いを嬉しいとさえ思ったのに・・・ オレが塔矢を受け入れなかったのなぜだろう? 以前の・・・5年前の失敗があるからか? それともオレたちが男同士で世間に認められる関係じゃねえからなのか? オレはやっぱり恋人ではライバルになれないと思ってるのか? 塔矢と心が繋がってることで満足してるからなのか? 自答して並べた答えはどれも言い当ててるようで実は言い訳にすぎないんじゃ ねえかって気がしてる。 オレは流れていく景色を眺めながら溜息をついた。 3話へ
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